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□急がば走れ!
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いつものようにキスをしようとするとかわされた
その拒絶にピクリと眉を動かす
俺の部屋に来たってことはそういうことをしに来たのだと思っていたが、違ったか



「お前、お見合いするんだってナ」



まっすぐに見据えられた瞳にまたピクリと動く
誰から聞いたのやら
彼女から離れていつもくつろいでいる畳の上で寝転ぶ



「おう、そろそろ身固めろってとっつぁんがうるさいんでィ。」



あまり深く考えずに伝えると彼女はしばらく何かを考えているのか無言になる
寝転んだ先から見上げればなんだか暗い表情だ



「…へー。」



考えたところで言葉が出なかったのか、どうでも良かったのか
どうせ後者だろうが…
静まりかえると自分の心臓の音が聞こえる
静かに耳を澄ますと心拍数が少しだけ速い、なんとなく緊張している
それは、彼女に否定してほしいから。行かないでって言ってもらいたいから。



「写真見た限りけっこうなべっぴんさんだったぜィ」



たたみかけてみるも、返事はなく
俺の望む言葉など発される気配もない。結局はそんなもんだったのだ。
そんな適当な関係



「良いんじゃないアルカ?」



いつもはしないような笑顔まで見せて、俺の心に大きく傷をつけた
そんなの表情に出さずに黙殺する
好きって言ってない、言われていない
なのに、そんな深い関係なわけないじゃないか



「この空調が整った畳で寛げるのも最後アルカー」



彼女もゴロンと畳に寝転がるとまた手を出したくなる
…彼女がとめないなら、もう諦めるって決めていたのに
伸ばそうとした手をギュッと丸めれば頭の上の畳を軽く殴った

彼女が"バイバイ"といつものように出て行ってしまってから孤独感に襲われる
彼女が帰ってしまった時もいつもそうだったが、今回はもう、次回がない
今日が最終回だったから



「良かったのか?」



部屋の前の縁側から土方さんの声が聞こえた
俺は何も言わずに声を押し殺して微かに笑った

出会ってから2年は経っただろう
あの時からずっと続いた片想いはこんな呆気なく終わってしまうんだ

彼女がもう来なくなって会わなくなってからどうやって過ごしたのか自分でもよくわからない
いつの間にか俺は正装をしてお見合いの会場で座っていた

"失礼します"と気立ての良さそうな女が入って来てから会食が始まる
それもいつの間にか時間がたち、周りが席を立つとお嬢さんと2人きりだ



「写真で見たよりかっこ良くて、すごく緊張してます。」



ふふっと照れたように控え目に笑う相手とあいつが重なって見える
あいつはそんな笑い方なんてしないのに



「どうも。」



どうしても慣れない雰囲気に仏頂面でつい返してしまう
あいつとだったら気色悪いとかいろいろと言い合って罵り合って、それが何故だか楽しくて時間なんてあっという間に流れていくのに



「…すいやせん。失礼しやす。」



考えれば考えるほどにあいつのことだけだ
好きだって言ったらどんな反応が返ってきていたのだろう
もし、結婚しようって言ったら…どんな間抜けヅラをするんだろう

失礼な断わり方になってしまうが…自分の我慢の限界だ
諦めるとかそんな無理なことをなんで思ったんだろう



「総悟?」



外に出ると近藤さんととっつぁんが2人ならんでいた
とっつぁんの方に向き直ると下げれるだけ頭を下げた



「すいやせん!諦め切れねぇほど好きなやつが居るって今更気づいて…無理は承知でお願いしやす、この話はなかったことにしてくだせェ!」



自分の頭もけっこう軽い頭だ
このまま床に擦り付けてやりてぇほど、本当に馬鹿だ
とっつぁんが加えていたタバコを灰皿で潰してゆっくり口を開いた



「人生ってのはなかったことになんてできねェ。もちろん今の見合いだってそうだ。」



そう言うと新しいタバコに火をつけた
それを食い入るように縋るように見つめる俺に、ふうっとタバコの煙を吐いてから答えなど決まっていると言うように笑う



「でもな、気持ちだって取り消しはできねェ。その気持ちがてめぇにとって本物なら、何より最優先はそれに決まってんだよ。」



もう一度そのタバコの煙を吸い込むと吐き捨てるようにまた煙を口から大量に吐く



「何やってんだ。さっさと行けバカヤロー」



もう一回深く頭を下げると近藤さんがその頭をぐしゃぐしゃに撫で回した

情けねぇほど泣きそうになりながらも足はあいつのところに動き出す

最初っから、この気持ちは本物だったのに
なんで後になんか回して、まわりくどく遠回りなんかして、急がば回れなんて当てになんねぇ

いつもの番傘にチャイナ服のピンクが見えたらそのまま後ろから抱きしめた
チャイナは成長したけど、やっぱりいくつか俺の方が大きい



「なんでとめねぇんでィ。」



びっくりして傘を落としてしまいそうなチャイナを後ろからギュッと力を込めて抱き寄せる
不満そうな声は俺の中で何度も反響している



「…そう簡単に、とめられるわけないアル。」



珍しく力のない声を出すチャイナが泣きそうになってることくらい身体で感じている
それを周りがチラチラと見ていることも、わかっている



「なんで」



疑問をぶつけるよりも文句をいったような言い方になってしまう

俺は、自分勝手だ。わかってたふりして、なかったことにして、自分の願望を押し付けて…
それでも、彼女を好きだと思ってる

彼女は一回下を向いて、俺の腕を振り払おうとするが俺は離れない



「私、普通の人間じゃないもん…っ。一緒に居て、幸せにできる自信も…ないもんっ」



思った以上に、こいつは馬鹿だ
回していた腕を脇からぬいてそのまま手をつなぐ
今までしたこともないような恋人つなぎ
泣きそうな顔した彼女をぐいぐい引っ張って街中を通り抜ける



「確かにお前はバカで怪力でバカでしょうがねぇけど、幸せにすんのは俺だから。…お前が、幸せだったら俺は幸せだから。」



恥ずかしくなって振り返ると彼女はまだ泣きそうな顔をしている
俺も少しだけ泣き出しそうになりながら、笑う



「かっこいいこと言ってやってんでィ、喜べよ。」



照れ臭いし、お前が笑ってくれなかったら、俺の骨折り損だろうが
ただの押し付けになってしまうのかもしれないけど…
俺がお前のことを好きだってことが伝われば、もう良いや



「バカって言うお前がバカアル!」



ぐすっと泣き出しそうに鼻をすすりながら顔をくしゃっと歪めて笑った
今まで見た中で1番幸せそうで、1番可愛いと思った笑顔だった



「バカバカ言った責任とって結婚するアル!」



「そんなの言われる前から決まってんでィ、ばかぐら」



握り直したその手を、もう離す時はこないだろう



急がば走れ!

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