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□複雑感情論
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今日こそはチューをしてやろうと企んでいる
企んではいるのだが…そんな雰囲気というものがわからない
どこで学ぶものなのかもわからない
誰かにきけるわけでもなく相手の手を握ろうとしてすかした

せっかく道でばったりなどという運命的な出会い(…と思えるもの)を果たしたのだが会話も弾まずにただ隣りを歩く



「お前どこまでついてくるアルカ?」


近所の橋を渡りながら白い大きな犬を連れて歩く彼女を、やっぱりこいつって空気読めないよなぁとポーカーフェイスのまま飽きれつつその隣りをぴったりとついて歩いた
日はもう暮れている
真っ暗とは言えないけど暗い方である
ここでムードを出すしかない!



「地獄の果てまで?」



「気持ち悪っ!」



ぴしゃりと言い返されて失敗した事に何故か安心感を覚えた
こんなもんだよな。俺だし。
器用に様々なことをこなしていたが実際そこまでなんでもできる人間ではない
橋の終盤まで歩いて、本当にどこまでついていく気だろう自分。と思い直す
このまま家まで送るか?チューっていつすんの!?いってらっしゃいのチューみたいなノリでするのか!?

せっかく見回りしてたら運命的に出会えたのになぁ
(実際見回りと偽りしらみつぶしに彼女を探し回ったのだけど)



「お前…本気で地獄の果てまでついてくる気アルカ?」



飽きれたようにみつつ結局こいつだって俺の事を惚れているのだ
少し頬が赤く見える。暗いけどそれくらいは確認できる。夕暮れのせいにも思えるけどきっとこれは勘違いじゃない!
橋がもう遠くに思える。時間的にはもっと長く感じるけど歩くのが遅いのかそれとも感覚がおかしいのか



「ついてきて欲しいなら、ついて行ってやらァ」



嫌味のような言い方をしたが俺にとっては口説き文句である
相手の顔なんか見られない
後ろに居る犬が日本語を理解しているような気がしてきてとても恥ずかしい
このまま行けばすぐにあいつの家につくような…いや、時間はもっと長く感じるだろうが



「お前だけ地獄に堕ちろ。」



冷たく返されてから自分の言葉はトゲトゲしいなと落ち込むしかなかった
等間隔で置かれる電信柱が視界から消えては見えを繰り返す
前に進んでるのだと確認するのはそれだけが頼りだ
ちゃんと周りなんて見えていないし、今彼女を見たってちゃんと目を合わせられる自信もない



「堕ちねぇよ」



心の中で言葉の先頭に"お前がいねぇなら"を付ける
言葉にしなければ、声に出さなければ聞こえないことなんて当たり前に知っている
そんな難しい乙女心は抱いていないけど、変なプライドは持ち合わせている
何個目の電信柱を通り過ぎた頃だろうか?
そろそろ時間切れかな
最初にすかしてしまった手にもう一度だけ勇気を託す
チラリと目線を流してみたが目標は確認できない
犬は少しだけ距離をあけて後ろに居ることが気配で確認できる
勇気によってカチコチになった手で横に手を伸ばす
一回目は失敗…手は何に触れることもなく俺と彼女の間をさまよっただけだった
今度は絶対捕まえる!
ゴクリとツバを飲んでから少しずつ手を伸ばす
コツンと手の甲と手の甲がぶつかるとそのまま手を握った

ビクッと彼女が反応したのを手と視界の端で確認をしてから様子を伺うように今度はちゃんと首をまわして彼女を覗き込む



「堕ちろサド」



照れたように小さな声で目も合わせずに呟く彼女が可愛くて可愛くてこれは夢か?それとも別人か?なんて疑ってしまう
少しだけ見えている彼女の家
そこから見えないように路地裏まで連れ込むと犬に見える前にと唇を近づける
夢なら覚める前に、別人ならチャイナに思えてる間に!
やり方なんてわからないから彼女の唇を視線で場所を探る
目を瞑り唇を近づける中でこれで良いのか?と不安に思ってあともう少しで触れ合ってしまうという直前に目を開くとバッチリ目があって固まる
もうちょっと暗かった方が良かったかもしれない…
10月なのだからもっとはやく日落ちろよ…バカ



「しないアルカ?」



本当にロマンのかけらもないやつだ
この後に及んでそんなことを言われればやる気は半減
恥ずかしさばかりこみ上げてしまう
どうしようと迷いが表情に出してしまったのだろう
それを見た彼女は一瞬困った顔をしたかと思えばチュッと音をたてて俺の口に何か柔らかいものをおしあてた
何かと言うか唇をおしあてたられた
おしあてられたと言うか逆に唇を奪われた
目を見開いて固まる俺の横から自然にすり抜けていき、それを目で追うことしかできないほど驚く俺にべーっと舌を出しむかつく顔を見せると家の方に向きを変え犬と一緒に小走りで帰ってしまった



「…まじでか」



心の中にある難しいプライドは難しい乙女心に変わって、感触が残ったままの唇を指でなぞることしかできなかった



複雑感情論

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