SS4

□自傷
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僕はただ彼女を愛していた。
ただそれだけで、僕は、僕は、

「35番の方どうぞ」

そういつもの無機質な白い廊下に声をかける。
座っていた青の瞳で白い肌、髪はサーモンピンクに近い髪の女性が立ち上がり僕のいる部屋へ入ってくる。

「神楽さん、久しぶりですね。最近調子はどうですかィ?」

それが当たり前の第一声である。
来た時にはいつもそう声をかける。
彼女はそれに対し言葉を用意しているかのように、話し始める。

「食事はいつも通り多めで、3食食べたネ。自傷は、したアル」

答えて欲しかったものとは少しズレているのだが、彼女なりに言葉をまとめてくれたのだ。
文句は言わない。

「自傷はどのくらいの頻度でしやしたか?」

その質問に答えづらそうに片方の手で片方の腕を掴んでいる手に力が入るのが伺えた。

「週に3、4回」

普通の医者なら叱るだろうが叱ることはない。それが精神科だ。

「なんでするんですかィ?」

追い詰めるように質問をしていく。
もちろんそれが目的ではない。

「すぐに傷が治るから」

確かに彼女の体は不思議ですぐに傷が治ってしまう。
自傷の跡も見せてもらったがうっすらとしか残っていなくてとても驚いたことがある。

「傷が治らなかったらしない?」

僕はまだ、彼女を追い詰める。
彼女はそれが怖いようでみるみる顔色は来た時よりも暗くなっていく。

「するアル」

彼女の言葉の語尾が場を明るく保たせてくれる。
でなければここは真っ暗闇だったかもしれない。

「なんで?」

外は雨が降っているようで、雨音が聞こえるくらい僕のいる部屋は静かだった。

「……人を殺してしまいそうな衝動に駆られるアル」

それが彼女の本能だと思えるように目もギラりと光ったような気がした。
僕は続けてこういう。

「神楽さんはそんなことしないって知ってらァ」

僕は目を覚ます。

そうだ、これは夢だった。

元気の無い神楽を見てからこんな夢を見る。
きっと僕は彼女を元気づけたいんだ。

「お前、こんなとこで寝てるアルカ」

いつもはフラフラと1人で消えてしまう彼女がふと僕の隣に座っている。
そこは河原だ。
いつもクソガキどもが蔓延っている場所である。
彼女はもうそんなところには近づかなかないと思っていたが、そんなことはなかったらしい。

「なんでィ、寂しくなったのかィ?」

そんなことがらじゃないのに聞いてしまう。
変な夢を見たから、彼女を質問攻めしたくなってしまう。

「だったら何アルカ」

素直な返事に少しときめきを感じる。
好きだと夢の中さえも自覚していた感情を、僕はまだ否定し続けていた。

「それで俺のところに来たのかィ?」

少しの期待と少しのときめきを感じていた。
彼女はそれに気づいているのか気づいていないのか、僕をちらりと見る。

「雨降りそうアル」

そう言えば雨の中では雨が降っていた。きっと寝ている間に嗅いだ雨の匂いのせいだろう。
彼女は質問をはぐらかしているのだと思い、僕はじっとりと彼女を見つめた。

「別に、誰でも良かったアル!」

それでも僕は選んでくれたことが嬉しくて、彼女の腕を引こうかとした。
その時だ。
夢に見たような傷を見つめる。

ああ、そうか、現実だった。
彼女は自傷する。

僕を置いて死のうとするんだ。

「今日はどこで切った?何で切った?死にてぇってか?」

急に虚しくなって自分の刀を取り出す。

「何アルカ?やり合おうってか?」

やる気のなさそうな返事に僕は自分の手首を切った。

「何が楽しいのかわかんねぇ」

血はボトボトと下に垂れていた。
彼女はそれに驚いたのように傷口に手を伸ばす。

「やめて、やめて、切らないで」

それはこっちのセリフだよと僕は言いたかったが、そんな言葉は出てこず、涙だけが流れた。

「血を見たら、私、私」

自分の体を抑えるように抱え込む。
そんな彼女を抱きしめるように僕もまるまった。

「殺したくなるんだろィ」

え、とも、あ、ともとれる嗚咽を彼女が漏らすので、僕は抱きしめる力を強めて、耳元で囁く。

「いいぜィ。ヤれよ」

震える彼女に僕はただ抱きしめることしか出来なかった。

彼女は何かを抑え込んでるようで何も喋らなかった。

その後僕は手首を5針縫った。
土方さんと近藤さんには散々怒られたが、傷は別に痛くも痒くもなかった。

彼女は自傷をしなくなった。
僕の傷を見てからだ。
その代わり僕の傷を愛おしそうに撫でるようになった。

僕はただ、

僕はただ彼女を愛していた。
ただそれだけで、僕は、彼女を手に入れた気がした。


自傷
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