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□追いかけっこ
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納得がいかないこと@:彼女が全然可愛くないこと
何をしてやってもありがとうなんて言葉はなく、文句ばかりで俺を威嚇する。
どう接しようが彼女はそこら辺の普通の女の子のように可愛い言葉も仕草もない。
納得がいかないことA:そんな彼女に片思いをしてしまっていること
高校生ともなれば付き合うなんてのはよくあることで、卒業前の今はカップルの誕生は多く、進学、就職が決まってる奴らはいちゃいちゃしまくりである。
しかし、溝は存在する。
他クラスである彼女は就職組、自分は進学組。接点はただの委員会と1年だけクラスが一緒だったこと。
あとは、
「お前が警察学校とか絶対似合わねぇアル。てか国民として嫌ネ」
「うるせぇ、テメェが就職した先の方が心配でィ。絶対なんかやらかすに決まってらァ」
納得がいかないことB:彼女はいつも俺と喧嘩をしに来ること
いつも通りの罵倒をふたりで繰り返す。なんで好きになったのか、自分でもわからない。
きっと、どこか匂いが一緒だったのだと思う。相手の全てなんて知らないのに、何故かそう感じたのだ。
「…なー」
彼女が問いかけてくる、それはとても言いづらそうにモジモジと。珍しい光景に食い出るように彼女を見つめる。
たぶんどうぜ、周りからは睨んでるようにしか見えない。
「いちゃいちゃしてる奴多すぎアル。特にお前のクラス」
すごく嫌そうな表情に自分も自分のクラスを見てため息をつく。
「お前のクラスだって居んだろ、こんなキモイ奴ら」
「んー、就職先に夢見てる奴ばっかりアルヨ」
「あー、なるほどね」
なんて適当に流すが、こんな会話を彼女とするのは初めてだ。いつもこんなことはスルーで、自分には関係ないとでも言うような態度だった癖に、今日はなんともらしくない。
「…お前も夢見てんの?」
不意に思ったことが口をついて出た。
すごく、言いづらい言葉だったのに気がついたらどうしても止められなくなっていた。
「んー、狙うは玉の輿アルな」
「お前には無理そうな話でィ」
「はぁ?絶対こんな美少女誰もほっとかないアルヨ!モテモテなのは想定済みネ」
「本当、お前の頭と目は腐ってる」
「それはお前のことネ」
とりあえず気にしないような顔でふぅん。と流してみる。
昼休みであったこの時間はあと僅かしか残っていない。
「お前は…どうなんだヨ」
急な質問に、は?と小さく返答するも彼女は俯いている。
「何でィ。らしくねェ質問だねィ」
「…お前だって今聞いてきただロ!だから私も返してみただけアル」
納得がいかないことC:急に彼女が可愛い仕草をとること
今まで見たことのないしおらしさについこちらもたじろいでしまう。
「好きな奴は居る…けどそれ以上進展させる気はねェよ。どうせ別の道行くしな」
相手のらしくない質問に、自分もらしくない返答を返す。
彼女は少し顔を上げて紅潮した頬を覗かせた。
「警察学校行く奴なんてお前くらいだしな。それに、お前の好きな人って、あの子だロ?」
彼女が指差す先は3年間同じクラスだった学年一可愛いと言われる美少女。
俺はそれを見てどう答えようかと悩む。
「なんか、こっちまで噂流れてるアルヨ。美男美女とか言われてるけどお前があの子と付き合ったら美女と野獣ネ」
ツン、と返された言葉に苦笑いを返す。
「まあ、俺が誰と付き合おうが付き合わまいが他人には関係ないこってィ」
彼女はそれ以上続けることなく、予鈴が鳴り響く。
「またな」
俺がそう言うと彼女は何も言わずに自分のクラスへと帰っていく。
納得がいかないことD:そんな反応をされると…少し期待してしまう
確かに同じクラスの少女とは1年次から噂にはなっていたが、お互いにある程度の距離を置いて接してきた。
きっと相手は俺のことを好きだと思うし、相手も俺が相手のことを好きだと思われているだろう。
現にラインで彼女はまるで彼女かのようなことを送ってきたりする。
その度、適当に返してみるのもたぶん不正解なのだと思う。
しかし、その少女の前では優しい言葉を返す余裕があるだけだ。
実際にあのチャイナ娘とはラインさえ交換できてない始末…
ただのヘタレだ…
席に着いて少しだけ考えてみる。もし、彼女にラインを聞いて、彼女に好意丸見えの文を送る。
それってなんて…
「拷問だよ…」
周りが一斉にこちらを見たが、気にすることなく机上で眠りについた。
放課後のことである。ホームルームが終わった後の教室は遠くから部活動の音が聞こえるくらいで、ゆったりした空気が流れている。
夕日にあたることで心地よい微睡みを覚える。
今日は寝過ぎでねみィ…
そんな時にガタッと教室の後ろのドアが開く音がした。
「総悟くんまだ居たんだ」
眠気が覚め、振り返ると噂の少女だ。
「どうも眠くてねェ」
少し濁すように答えると少女は自分の席ではなく俺の席の前に座った。
「何?忘れもんじゃねぇの?」
意表を突かれ気まずく見上げる。
「うん、そうだけど、総悟くんがいるならハッキリさせたいなと思って」
心の中で、ああ、告白か…とめんどくささがこみ上げてくる。
特に相手はみんなから噂されている相手で、今日フれば明日から卒業まできっと周りはうるさいだろう。
もちろん付き合うことになってもうるさいだろうが…
「…あのさ、自分で言うの恥ずかしいんだけど」
そこまで言わせて言葉を遮る。
「好きな奴居る。でも、お前じゃない。お前だったら、あんなに上手くラインとか会話とかできねェ…」
「え、あ、そうなんだ…」
気まずそうに少女は俯向く
「完全に勘違い女じゃん…私。…恥ずかしい」
顔を赤らめる少女を可愛いと思う。女の子らしくて、きっと他の男子であればもう抱きしめているかもしれない。
でも、
…俺が見たいのは違う
全然いつも可愛くないくせに、今日初めてあんな表情をしたあいつ
あいつがもし、今、こんな表情で目の前に居たら、俺はどうするのだろう?
「…悪い」
それ以上の言葉が出ずに空間が固まる。部活動の音がもっと遠くに聞こえた。
今にも泣き出しそうな彼女になんて言って良いかわからずに空っぽのカバンを持ち上げ教室を出た。
「わっ」
教室を出た瞬間に今思っていた彼女が居て、混乱して固まる。
そしてお互い気まずそうに廊下を歩く。
「…違ったのかヨ」
「…噂なんてそんなもんでィ」
昇降口まで降りてやっとポツリポツリと言葉が出てくる。
「結局お前の好きな奴って誰ネ」
「知ってどうすんでィ」
「それをネタに酢昆布をゆするアル」
「クソだねェ」
そんなことを言いながらの帰り道は思ったより会話も弾み、淡々と家に近づく。
「お前、ラインとか、やってるアルカ?」
「は?」
唐突な言葉に先ほどの告白がふと頭をよぎる。
あれを聞かれていたならば…少し恥ずかしい…。自分のヘタレさを丸出しにしたようなものだからだ。
「いや、別に、特に意味はないアルヨ?お前みたいな時代遅れ江戸っ子口調くせにやってたらクソダセェと思っただけアル」
「あぁ…」
少し安堵が混じった声が漏れた。
ダサいなんぞ罵倒のうちにも入らないのだ。
「やってらァ。時代に沿って生きるのが粋な江戸っ子でィ」
適当に返すと、相手からはなんの言葉も帰ってこない。
もう少しで分かれ道と言うのに、そこから会話は消滅してしまった。
「…チャイナ?」
分かれ道でさすがに不審に思い隣を見ると、いつにない切羽詰まったような顔をしたチャイナがいた。
「…あ」
なにか言いかけて俺の方を見たが、視線を交わらせたのは一瞬。
すぐに目をそらし分かれ道へと駆けて行ってしまい、その日から俺たちは会話をすることがなくなった。
卒業までのほんの少しの時間、最後の時間だったのに、以前よりも距離を持ったまま卒業式を迎えた。
俺とチャイナの事より、俺がフった少女のことばかり周りからは囃し立てられる時間だった。
式も終わり解散の時間。
俺は特に話しておきたい相手も居らず、皆が写真を取り合っていたり連絡先を交換していたりする間に黙って教室を出た。
ゆっくりと廊下を進むとチャイナとの喧嘩の日々を思い出す。
プロレスごっこで怒られた日や、体育祭で無駄に力を合わせたこと。逆にギチギチと戦いあった方が多かった。しかしその日々は確かに自分にとっての大切で濃密な時間だった。
姉を亡くして他人にあまり興味がなかったのに、あいつといれば腹が立って面白くて、帰ったら姉に話したいことがたくさんあった。
そんな日々がずっと前から無くなって、これからそんな日々は絶対に来ない。戻ってくることなんてない。
それは死と一緒。楽しい時間は終わった。死んでしまった。そんな気がした。
後ろから謎の奇声が聞こえた。
反射で避けると、ちょうど階段から降りるところであったため後ろから来た何かが落ちていく。
さすがに何か気づいてそれをかばうように抱き抱え手すりにつかまり、2人やっと顔を合わせる。
あ、っと彼女が発する前に口をついて言葉が溢れ出す。
「危なっかしいんだよバカ!いつもお前何も考えねェで突っ込んできやがって!俺じゃなかったらお前そのまま落ちてたからな!」
それだけでなく、顔を見たらもっと言葉が溢れ出てくる
「ずっと俺のこと避けてたくせに。最後だからってなんなんでィ!諦められなくなるだろ!俺の気持ち全部言いたくなるだろ!どうしてくれるんでィ!」
言い返せない相手に涙声で罵倒する。
「卒業すんの嫌になんだろ!また会いたくなんだろ!余裕ぶってられねェんだよ。お前みたいなクソ女に。お前みたいなゴリラ女と一緒に居てェってずっとバカやってたいって、バカみたいな考えが浮かんでくんだよ!ふざけんなよ」
涙なんて出てくるわけがないが、涙の代わりに背筋に汗が流れるのを感じる。
「…バカ」
チャイナからの一言に何十倍も言い返したいのに言葉が出てこない。
「そんなこと言われたら、嬉しいって思っちゃっただロ!最初の予定と全然違うアル!こんなんじゃもっと素直に言えなくなるだロ!バカじゃないアルカ!?」
はぁ!?とまた喧嘩のような喧嘩でないような言葉を返そうとしたが、俺が抱えていたチャイナが、俺の腕からするりと抜けて軽やかに階段の踊り場に着地する。
「ライン教えてって、言いたかっただけなのに…バカ」
そう言った片手には俺のスマートフォンが握られている
「お前の言いたかったこと、全部教えろバカヤロー」
そう言って彼女は俺をバカにしたように階段を駆け降りていく。
俺はそれに負けた気がして、仕返しを考えながら階段を何段飛びもして追いかける。
ねぇ、この先もずっとこうやってるんでしょ?
2人の脳裏にそんなことがよぎる。
バカみたいなことであり得ないことなのに少し期待している。
好きだなんて言えない距離で彼女をひたすら追いかけた。