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□花見酒
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神楽が着いた先には既に先客がいた。
「せっかくここが一番綺麗だと思ってきたのに」
桜はもう散り始めている。
きっと昼や夕方では花見客が多いだろうと、早朝にやってきたのだが、それでももう花見を始めている人間は神楽だけでなくちらほらと見かける。
だが、神楽の見つけた穴場スポットに先客が居るとは想定外であった。
しかもそのシルエットには見覚えがある。
「お前も花見か?」
私服ではあるがそれは間違いなく沖田だった。
神楽が見つけた穴場スポットと言うのも桜並木が広がり少し山寄りになる、進入禁止と書かれた看板の奥に進むとある大きな一本の桜の木のそばだ。
「そうアル!だから退けヨ!邪魔アル」
乱暴に言い放てばきっと喧嘩が勃発するのだと思っていたが、沖田は何も仕掛けては来ない。
ジッと様子を見つめてみると、いつもとの違いを悟った。
「花見くれェ一緒にすりゃァ良いだろ。おら、隣きなせェ」
どこか呂律の回らない話し方と、頬の紅潮、そしていつもきつい視線をぶつけてくるくせにトロンとした目元…これは見たことがある。
「酔ってるアルか?」
「酔ってねェよ!一本空けたけど俺が酔うなんて大したことでィ」
ブツブツと何か言いつつパンパンと自分の隣の地面を叩き神楽に来るようにと急かしてくる。
酔ってないって確実に酔ってんだロ!
言葉にして言わずにとりあえずしつこく急かしてくる沖田に負けて指定された通りの場所へと座る。
「酔っ払いはみんな酔ってないって言うアル」
「お前酔ってんのか?」
「酔ってないアル!」
「酔っ払い決定でィ」
一滴も飲んでねェヨ!と返したが沖田はいつもと違いヘラヘラと笑うのみだ。
「お前、いつから飲んでるアルか?」
沖田はどこに置いていたのか一升瓶を取り出し前で抱え込むように抱いて考える。
うーん、と思い出せないように唸った。
「夜中目が覚めて花見酒してェと思ったらいつの間にかここにいたんでィ」
「おい、それ大丈夫アルカ!?アル中?夢遊病?」
詳しくないからわからないぞ!とテンパる神楽に沖田はマイペースに唸るのみだ。
ザッと話した感じでも沖田はかなり酔っているように思える。
まだ日は登りきっていないせいで今は酷く寒い。
ふと不安がよぎり神楽は沖田の指先を触る。
「おま!?寝てないよナ!?今寝たら凍死するアルヨ!?」
うーん、と唸る沖田は半分睡魔にやられている。
酒飲んで外で寒くてそのまま凍死とか…警察がやることじゃないよな…
頭の中で突っ込みつつ沖田が起きそうな言葉を考える。
「今日仕事ないアルカ!?」
「んー…」
沖田からの返事は薄く、少し寝かかっているように思える。
このままじゃ、絶対死ぬ!!!
そう判断した神楽は必死に沖田に話しかける。
「仕事!大丈夫アルカ!?しーごーと!税金の無駄遣い!!おい!!!」
「休みだから飲みに来たに決まってんだろ」
めんどくさそうに答えて、それでもまぶたは開いていない。
このまま屯所に連れて帰ってやろうかと思ったが、こいつに恩を売るのもなんかシャクだ。それだけでなく沖田を抱えて帰っているところを他人に見られるのも、絶対に嫌だ。
起こすという手が一番マシである。
「お前と出会ったあの花見の時って覚えてるか?」
突然投げかけられた質問にやっと我に帰る。
「ああ、あの最悪な花見なら覚えてるアルヨ」
嫌味を付けて返事を返したが、沖田は少し嬉しそうに笑う。
「思い出しながら飲んでたら酒が進んでねェ…」
懐かしそうに目を細めて笑う。
ドキッと心臓が跳ねる音がした。それは神楽の胸から聞こえたようだ。
何がドキッだヨ。バカアルカ!
内心自分を否定しつつ、しかし心臓は勝手に駆け出す。
「またしてェ。近藤さんや土方コノヤローとかみんなとやったのも楽しかったけど…お前らとやった時が一番、楽しかったんでィ」
それはただの思い出話なのだけど、神楽はそれが告白のように聞こえて急激に顔が熱くなっていくのを感じていた。
「またやれば良いだロ。みんなで」
赤くなった顔を隠そうと体操座りをして膝小僧に額を寄せる。
「できねェよ。今年は。花見の予定あったけど、その前日も当日も天気予報は雨だぜ?散っちまわァ」
そっか、と、トーンダウンした返事に沖田からの返答は帰ってこない。
不審に思ってもう寝てしまったのかと沖田の方を見るとばっちり目が合う。
「何お前顔真っ赤にしてんでィ」
クスクスと笑われ、少し熱も飛んでいたのにまた熱が戻ってくる。
「お前の酒の臭さに酔っただけアル!」
また顔を膝小僧で隠して言い返せば沖田はへいへい、と笑いながら返事をする。
深く追求されなかったことには安心したが、これからどう乗り切ろうかと頭を悩ませる。
「まあ、良かったぜィ。今年の花見も」
「は?まだ行ってないんじゃ」
そう言ってまた懲りずに顔を上げてしまった時、捕まるように視線が絡まりセリフに詰まる。
「お前と見れたから、良かった」
もう真っ赤になるのを隠すのも諦めて、沖田と見つめ合う。
ゆっくりと沖田が近づいてくるのがわかる。
たぶんこれは、キスの合図。
したことはない神楽だったが、なんとなくそう思わせる雰囲気が漂っている。
もう少しで重なり合ってしまう。
そう思うところでやっと瞳を閉じて待ち構える。
…ドサ
唇にくると思っていた衝撃は体全身にのしかかってきた。
「…zZZ」
耳元で聞こえるのは完璧な寝息である。
「ここで寝るナ!!!」
眠る間にボッコボコに殴られた沖田はその後巡回と言う名の沖田捜索に出た土方によって保護され介抱された。
無事に意識を取り戻した沖田だったが飲んでいた時からプッツリと記憶が抜け落ちているらしい。