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□ともだち
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大切なものほど小さな隙間から抜け落ちていく。
どんなに大事にしようと、いつの間にか掴んでいたものは消えてなくなってしまうものだ。

沖田総悟はそんな事、わかりきっていた。

だから、諦めることにしたんだ。
大切なものが消えることも壊れることも失うことも。全て初めからなかったかのように。


「天人は明日には全て星に送り返す。俺たちの守っている江戸は、そりゃあぶねぇヤツはまだたくさんいるけどよ。前よか楽になんだろ」


名残惜しくもなさそうに土方はタバコをふかして淡々と連絡・報告会を進めていく。

近藤はいつになく真面目そうな表情で何か考えていた。


「天人全員、明日から居なくなんのか」


どことなく寂しげにつぶやく近藤の方へ顔を向けるものは居ない。
沖田も誰の言葉にも興味がなかった。畳の目をじーっと見つめて、ただひたすらに悩みを放出させ、考えないようにしていた。


「総悟も寂しいだろ?チャイナさんと仲良かったもんな」


「別に、何ともないですぜ。実際にプライベートで会うことなんてほとんどなかったですしね」


これが本心かそうでないのか、本人にもわかっちゃいない。

"友達"と呼べる相手だったのだろうか。
プライベートについては知らない。酢こんぶが好きとか、天人だとか、その程度だ。

明日にはもう、居なくなる。

手を伸ばして引き止めることも出来ない。その先へ彼女は居る。
そして、届かない場所で消えてしまう。

連絡・報告会が終わったらやっと仕事は終了。また明日の朝この連絡・報告会が終われば今度は仕事が始まる。

これからの時間は彼女のために捧げよう。
好きでも何でもない、ちんちくりんの少女のために。
足は早まるばかりだ。
まだまだ整備されていない石ころばかりの道を踏みしめて、音をたてて着実に彼女の元へと進んでいく。

やはり彼女は白いでかい犬と散歩中。
河川敷で休憩をとっているようだ。
何も言えずに彼女の姿を見守った。なんて伝えよう。てんで良い考えは浮かばない。
出会った人は沖田の根っこを知ってるあの子。出会った日はこんな場所よりもっと危ない場所。彼女は容疑者で、追いかけただけのあの時から始まって…戦ったり遊んだりふざけたり。
沖田の記憶の中には神楽とバカをした楽しい記憶ばかりだ。

行って欲しくないなんて、言ったってどうしようもないから。

なかなか話しかける勇気は湧いてこない。
指先からまた大切なものがすり抜けた感じがした。

どうしようもない。

何も言えずに唾を飲み込む。意識してみると口の中は緊張で乾燥していた。
まっすぐ彼女を見つめることはできず、目は川の水の流れに移す。
きっとそんなに綺麗ではないだろうが、こちらから見る川の水は空から降る小さな光によってキラキラと光っている。


「ストーカーアルカ?」


不意に投げかけられた言葉が自分に向けられているとわかったのは彼女の語尾のせいだった。


「パトロールでィ」


せっかく返事を返したのに、神楽からの返事は返ってこない。
少し落ち込む沖田に気づいてか神楽は休んでいた草原から立ち上がり沖田の元へと駆け寄った。


「私への餞別は?」


「ねぇよ。てか普通旅立つ方が催促するもんじゃねぇし」


沖田はいつものバカにしたような調子で返してやったつもりだったが、神楽の表情は2人で喧嘩する時のようなハツラツとした様子ではなかった。


「元気、ねぇな」


気を使うような人間ではないと自分でも思っていたのに、沖田は思わぬ一言をもらす。


「明日で全部バイバイネ。定春も元の居るべきである場所にかえされるんだって」


もう日はほとんど沈んでしまって、この空間は闇が支配しつつあった。
彼女の白い肌は簡単に夕闇を受け入れ、染まっている。


「兄貴達も帰ってくんじゃねぇの?」


「あのバカがもし星に戻ってきて、家に帰ってくるわけないネ。パピーもたぶん、地球じゃない別の星で仕事ばかりの日々アル。私はただ一人ぼっちになるだけヨ」


神楽は心の底にある言葉がなかなか口に出てこない。こんな時、ツンデレのツンだけが発動してしまう。

全てがここにできてしまったから、
戻ったって何も残ってない。

恥ずかしくて言えない言葉たちは神楽の心の中にだけ広がっている。


「ひとりで花見してひとりで夏祭りに行ってひとりでカブト狩りに行ってひとりで雪合戦ネ。みんなでやった事、今度は全部ひとりヨ」


そう言い放つ神楽の表情は何かを覚悟したようにも見える。
沖田にできることはないのだと、強引にわからされたようだ。


「また明日、見送りに行ってやるよ」


それだけを残して沖田はその場を去った。
これ以上いた所で、お互いに言いたいことが言えないと思ったからだ。

今しかないから、もう会えないから。
一分一秒も無駄にはできないのに、2人はこの時間を取り零す。


次の日になるとまた朝の連絡・報告会が始まり、それが終わると天人の護送という仕事に出る。
今日で最後の天人はさすがに少なく数百人程度だ。どんなに目が悪くとも、神楽のあの白く透明な肌と大きな傘、団子頭ですぐに判別できそうだ。
目だけをキョロキョロと動かし、周りを確認する沖田は、責任者という名前だけの仕事で実際にやることは特になかった。

目にとまる見慣れた立ち姿。軽く人との間をスイスイと通り抜けて彼女の元へと向かった。


「神楽」


もう数メートルで2人は手の届く距離だ。
沖田の声はちゃんと神楽へと届いている。


「ひとりじゃねぇから」


驚いたように目を丸くさせて沖田を見る神楽はどんな美少女より美しくて周りさえもつい見惚れたように2人を見守る。


「お前が地球に来れないなら、俺が行ってやらァ!」


やっと2人はお互いの息がかかりそうなほどに距離をつめる。沖田がゴツンと音をたたせながら神楽のおでこへとおでこをくっつけた。


「だから、ひとりぼっちなんか言うな。俺にとってお前は…」


言いかけてやめる、その表情はなんだか恥ずかしそうだ。
神楽は驚くことが多すぎてどうにも脳内が整理できてない様子。


「すげぇ大事な友達だから。お前は寂しいって言わねぇけど、知ってらァ。だいたいお前の考えてることはわかるんでィ」


14歳の少女を友達と言った18歳の少年。顔を真っ赤にして今にも穴があれば入りたそうだ。


「…なんでィ。俺がらしくねぇこと言ったから、お前引いてんのか?」


「おう、引くアル。ドン引きネ。お前そんなこと思ってたんだナ」


沖田は苦笑いを浮かべると仕事に戻ろう、と深くため息をついた。


「友達は会えなくてもずっと友達で居てくれるアルか…!?」


神楽からの思いがけない質問に沖田は持ち場に戻る前にもう一度神楽と向き合う。


「ずっとでィ、友達に賞味期限なんかねェし、何かを拘束したりもしねェ。ただお前は絶対にひとりぼっちなんかにゃなれねェな」


何も言えずに佇む神楽の頭をポンポンと軽く叩くように撫でてみる。
今までやったことはなかったけど、少しお兄さんになれたような気分だ。

もうここには銀時も新八も見送りに来れない。見送れるのは神楽を知る中では沖田だけだった。
するどい視線で沖田に威嚇してくる神楽だが誰が見てもわかるほどの照れ隠しだった。
船に乗り込み、全員乗り込ませたことを確認すると沖田はもう見送るだけとなる。

言いたいこと、まだたくさんあったのに

そう思うのはお互いの心
打ち明けるのはもっともっと先の地球ではないところで

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