SS4

□パティシエ
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神楽がマンションへ帰ろうと買い物袋をぶら下げ近所の小さなアパートの前を通りかかった時だった。
ドラマなどで見るあの瞬間に出会った。


「別れる!もう出てって!」


そう言って男が勢い良く外に追い出され、女性の腕だけが見えたかと思うとドアを閉められる。
普通そんな時ドアに縋り付いたり愛を叫んだりするだろうに男はただボーッとドアを見てフラリと立ち上がり神楽と目を合わせた。


「「あ」」


それは見知った顔であった。
神楽のいつも通うケーキ屋の下っ端だ。
時々適当な世間話をした程度の関係だったが、大変なところを見てしまった。と神楽は思っていた。


「家泊めてくんねェ?」


「開口一番何言ってるアルカ」


馴れ馴れしく神楽に近寄ってくると彼は神楽の買い物袋を取り上げる。


「別に全然知らねェ間柄じゃないだろィ?数日泊めてくれりゃ良いんでさァ」


「名前も知らない男、家にあげる様な軽い女じゃないアル」


「沖田総悟。はい、名前」


ちっげーよ!と軽く拳を握って殴りかかってみるもあっけなく片手でその拳を受け止められてしまう。


「もうひとつ特権があるんでィ」


神楽が沖田を見上げた時、沖田は営業スマイルでない笑みを浮かべた。


「手作りお菓子食べ放題」


「よしきたお前床で寝ろヨ」


そんなこんなで神楽は沖田をマンションへと案内して部屋に入れる。

お菓子食べられるなら、これくらい安いもんアル。兄貴と居たこともあったし。

ちょっと不安に思うこともこれを言い聞かせて無理矢理納得させる。

本当…何やってるんだろ…

神楽、26歳の夏だった。


「お前意外と良いとこ住んでんだねィ」


「そりゃ、それなりのところ勤めてたらこれくらい普通アル」


2DKの部屋を良いとこと言う沖田はきっとそれより酷いところでしか住んでいなかったのだろう。


「オーブンあるし!」


テンションが上がっているのかキッチンをガサゴソとしている姿は図々しい。と思いつつも楽しそうでついつい眺めるだけ。


「今日はタルト食べたいアル」


「材料あんのかィ?」


「ないアル」


沖田ははぁーと大きなため息をつくと冷蔵庫に保管していた薄力粉を取り出した。


「パンケーキとクッキーくらいじゃね?」


「それで!」


はいはい、と適当に返事をして牛乳やらバターを探してる。見てるだけだった神楽は買い物袋から冷蔵庫へしまうものを取り出したり入れたりする。


「パンケーキはしっとり系?ふんわり系?」


「ふんわり!」


「クッキーは?かたいやつとか、サクサクとかしっとりとか」


「ザクザクで甘いのが良いアル!」


晩御飯なんかどうでも良くて先にお菓子作りが始まる。
神楽はその作業を椅子に腰掛けて眺める。
誰かが何かを作り出す姿は見ていて飽きなかった。


「お前、いくつアルカ?」


ふと出てきた疑問に首を傾げる。


「30」


「は!?私の4つ上アルヨ!?全然見えないアルナ」


驚く私なんか無視で生地と向き合う姿形はちゃんとしたパティシエだ。


「いつからパティシエ目指してるアルカ?店入ったのつい最近だよナ」


んー、これ何度ぐれェかねィ…。
なんて独り言をつぶやきながらも神楽の質問に答える。


「25の時なろうと思って学校入ったり留学してたらこんな歳になっちまったんでィ」


遅い目覚めだったのだなーと思いつつ、やはりその質問をもっと掘り下げてみたくなる。


「なんで25からアルカ?」


「姉が居たんでィ」


急に話がガラリと変わったが、神楽もそうせっかちではないのでうん、相槌を入れながら聞く。


「その姉が辛党で、」


あ、やべぇゆる過ぎかも。とやはり独り言が時々混ざってて、今どのくらいできてるのかまで想像ができた。


「その姉が俺の作ったおはぎが美味いって言ってくれたんでィ」


まだ話は続きそうな気がして、神楽はそれでー?とまた相槌をうつ。


「辛党のくせに俺の作ったお菓子は美味いって言ってくれて、いろんなもん作るようになった」


少し、思い出したかのように彼は小さく笑った。
神楽も仲良し姉弟を想像して心和ませる。


「でももうそん時には入院してた。死ぬまであと少しって言われてたんでィ」


「それいくつの時の話アルカ?」


質問に少し唸って23くらいだったかなーと首を傾げる。
それはもう乗り越えてきた過去なのだという印のように思えた。


「姉上にもっと美味いの作ってやりたくて仕事辞めて学校に通おうと思った」


へー。なんて言いながら涙ぐむ。
こいつの想ってる気持ちはもう行き場がないのだ。
一番食べて欲しい人はもう居ない。


「でも、姉上は俺がパティシエになる前に死んじまった。俺がもっと早くから行動出来てたらもっとはやく世界中のお菓子を食べさせてやれたのに」


後悔は見えるものの沖田の声は一定で落ち着いている。
フォローなんてできずに黙って聞く神楽。
沖田はこねたクッキーの生地をつねるようにとるとポロポロと同じくらいの大きさにしてオーブンに入れる前の天板に乗せて行く。


「それでもまあ、作ってたらなんか楽しいんでィ。相手はもう姉上じゃねェけど、俺の作ったのを美味いっつって食われんのわ、やっぱり嬉しいんだろうねィ」


自分のことなのに他人事で、確かに今の沖田は楽しそうで、神楽はどこかホッと胸を撫で下ろす。
救われてる、報われてる、そんな気がした。


「お前今焼き菓子担当なんだロ?」


「ん?ああ、そうだねィ」


「お前の作るフィナンシェ、すごい好きアル」


あの甘い香りと味、思い出しただけで神楽はフッと優しい笑みを浮かべる。
それに沖田は照れ臭そうにふんっと鼻で笑ってパンケーキを焼き始める。


「パンケーキにヨーグルト入れるんだナ」


「ああ、入れるとふわっとなるんでィ」


その原理をどうのこうのと語り始めるのはうざかったが、その一時で神楽は沖田が悪いやつではないと確信するのであった。
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