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□あーんっ!
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朝、門を出た先
沖田の目の前に凛々しく立つ少女は言った。
「誕生日ケーキと誕生日プレゼントを買ってくるアル。もちろんてめぇの名前でナ」
神楽の一言で沖田は少し間を置きつつ話の趣旨を理解しようと頭を働かせる。
「お前が、買ってくるって事かィ?」
「は?お前が!買ってくるに決まってるだロ?」
ピンと人差し指で沖田を指すと神楽はニヤリと笑う。
沖田はそれを目を細めて真意を探った。
「神楽様がお前の誕生日を祝ってやるって言ってるアルヨ?早くしないと気が変わっちゃうネ」
「誰が自分用に自分でケーキとプレゼント用意するかよ」
そんな事を言いながら、沖田は少し期待する。
チャイナ自身が、俺の誕生日を祝おうとしてくれてるって事だよな?
それだけの事なのに、顔を合わせては何かを競い合っていた2人にとっては大きな変化で、また一歩歩み寄ろうとしているように感じた。
「まあまあ、そう言わずにさっさと買ってくるが良いアル!私はお前の部屋でクーラーガンガンつけて待っててやるネ!」
「俺はそんじょそこらのOLじゃないんでィ。自分へのご褒美とか買わねェに決まってんだろィ」
神楽は沖田の反論などまるで無視でさっさと沖田の部屋めがけて駆けて行く。
ザキにも土方さんにも誰にも見つかりませんように
沖田は1日遅れの七夕の願い事をするのであった。
ケーキを買おう!そう思ったところで、自分で自分の食べたいケーキを選ぶとなると躊躇してしまう。
チョコケーキを買ったら買ったで彼女がどう思うのか、それをついつい考えてしまうのだ。
ショートケーキが無難…?
とはいえショートケーキでさえもたくさんのバリエーションがある。メロンが乗っているものやイチゴが乗っているもの。中にはクマやウサギの砂糖菓子が乗ったものまである。
さっぱり…よくわからない…。
最近おろしたての財布の中の給料を覗くと、まあそれなりに入っていて…
どうせあいつが全部食べるに決まってんでさァ
そう言い聞かせて大きめ四角のウサギが乗ったショートケーキをまるで人の誕生日ケーキを買うように店員に申し付けるのであった。
あとはプレゼントだ。特に何が欲しいでもない。最近イヤフォンだって買い直したばかりだし、落語のCDなど早々出ることはないし…
欲しいのは、チャイナ…とか…!ねぇよ。ないないないないないない。
でもちょぉぉぉっとは…あるかもしれねェ
なんて一人で頬を染める沖田であった。
一方その頃神楽の方はクーラーをガンガンきかせ、エロ本を家捜し中であった。
あいつも男なんだしエロ本の一冊や二冊…!弱味を握ってやるネ!
それはもう悪い顔をしている。ただひたすらに押入れの中のものを掘り返すばかりだ。
これでもし、出てこなかったら…
銀時から言われた衝撃の一言を思い出す。
銀さん、土方とかいうニコチン男とないことないこと噂流れてるけどさー…
実際、あそこの隊舎で一緒に住んでる沖田君とかゴリラとかザキ君とか?あそこら辺だと思うんだよね。だからね、神楽ちゃん、あいつらはホモだから。絶対近寄っちゃダメだよ!ちなみに銀さんは男には興味ないからね!もちろん神楽ちゃんはまだ14歳だし?全くそんな目でみてないよ!全くって言うと…
と、これ以上長く語っていたのだがめんどくさかったから忘れた。
神楽にとって大事な部分はこれだ。
"あいつらはホモだから"
神楽にとって、自分だけに沖田の気持ちが向けられていないと満足できなかった。
まだ、沖田から告白なんてされたことはないけれど…沖田の視線の先はいつも神楽で、その視線は絶対に特別なもので…。
エロ本が出てきたらホモ疑惑なんて全て拭い去ることができるネ!
そんな事で神楽は押入れを漁り続ける。ひたすらに落語雑誌しか出てこない押入れを漁り続け、やっぱりホモ?しかも枯れセン?などと不安ばかりが溢れるのだった。
沖田はというと、もう既に隊舎のすぐそこまで着ていた。
プレゼントはやはり思い浮かばず、先買ってしまったケーキが傷む前に、形が崩れてしまう前にと結局引き換えして来てしまったのだ。
言うか、これはもう…言うか。
"誕生日プレゼントはお前が良い"
そう、これで良いんだ。これが言えたらときめかない女子は居ない!たぶん!自分で考えて考え抜いたロマンチックな言葉。頭の中で繰り返し呟くだけでどこか首元あたりがゾワゾワしていたが、気にしないようにさっさと自分の部屋へ歩いて行く。
神楽は焦る、なんだか足音が近づいてきている。しかもこの感じはたぶん沖田であろう。
そこまで勘付いて無理矢理押入れに出したものを突っ込むとバタンっと大きな音をたててしめた。その音に合わせるかのように沖田も襖をあけた。
「なんでそんなガニ股で壁に這いつくばってんでィ?」
「な!何もないアル!ガニ股がしたい気持ちになっただけネ!みんな定期的にくるだロ!?」
「こねぇよ」
冷静に突っ込む沖田だが、内心は大荒れの模様。心臓が勝手に勢い良く動き出す。
「ケーキ、買ってきたぜィ」
「お、おう!食べるアル!」
バクバクと大きな心臓の音をさせているのは神楽も同じで、2人で向かい合いちゃぶ台に座った時にはお互い顔を真っ赤にしていた。
「顔赤いアルヨ?照れてるアルカ?」
「うるせぇ歩き疲れたんでィ!お前こそ赤くねェ?」
「クーラーが全然つかなくて暑かっただけアル!」
強く否定する相手を陥れようとするいつもの雰囲気に戻す術もなくとりあえずカチコチに固まりながら沖田はケーキを取り出した。
「うおー!ごっさうまそうアルー!」
やっとここで神楽は本調子に戻り、切り分けるなどせずにケーキ屋さんでつけてもらったあの小さなフォークを不器用に使いこなし、零しながらもガッツガッツと食べ始める。
結局、沖田は何も言えずそれを見守る。
そんな沖田に気がついたのか、神楽はケーキのど真ん中にある"そうごくんお誕生日おめでとう!"のプレート間近まできて手を止めた。
「どうかしたアルカ?」
沖田は思う…それはあの期待への言い訳だ。
こいつが俺の誕生日を祝うなんて、やはりあるわけなかった。ある意味たかられたのだ。簡単に言えばこいつにうまく踊らされたって奴なのだ。
用意していた言葉も言えず、手を止める神楽の指先から青い瞳までを撫でるように見つめた。
「折角の誕生日なんでィ。なんか、買ってきた褒美とか、サプライズとかねぇのかよ」
どうしても、用意していた言葉は沖田の高いプライドが使うことを許さない。やっとのことで口をついたのはこの嫌味だ。
「例えば?」
案外乗り気らしい神楽に心の端でドキリとする。まさかそんな返しがくるとは思って居なかったのだ。
「あーん…とか?」
恥ずかしそうに前髪を整える沖田に神楽は良いことを思い浮かぶ。
「折角だしな、わかったアル、やってやるネ」
口を開け!と命令してくる。
沖田はそれに素直に従ったが、その後すぐに後悔した。
神楽が持ったそれはケーキ自体だったのである。
逃げようとした瞬間、それはちゃんと沖田の顔目掛けて押し込まれる。
「はい、あーん」
ベチャッとテレビで言うような音がして、顔全体は白と甘い匂いに包まれた。
「俺の思ってたのと違う…」
「ん?」
神楽は沖田の顔についたスポンジや生クリームをぬぐいとると、幸せそうに食べる。
いや、なんか、想像してたあーんでは…ねぇけど…
幸せそうにケーキを食べる神楽は、正面に居たはずなのにもうすぐ隣に居る。
沖田の誕生日は、何故か本人ばかり大変であったが、特別な日となったのは確かであった。
あーんっ!