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□心の切れ端
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涙は心の切れ端だと思う。
心はどこかで養われ肥大し、感情が高ぶると心は涙となって零れていくのだ。

彼女の心はまた、頬を伝いこぼれ落ちる。

自分が泣かないのは、そうそうこぼれることのない大きな器を持っているから?なんて、そんなはずもなく。
心を養っても、心を貯める器の方が壊れてしまって貯まらないのだ。
だから、泣かない。泣けない。

暖かい日差しと冷たい空気に不思議な心地よさを感じながら、寂れた商店街を歩く。
この先を抜けるとあいつが居る。
約束もしてないのに今日も会えるのだと確信していた。
特別な関係ではないけれど、どこか似通っている相手に安心感を覚えるからあいつと会うことは苦ではなかった。

「…?」

商店街を抜けた先、それは歌舞伎町。そんなにすぐにあいつと出会う事はないだろうとよくあいつが遊んでいる空き地や公園を回ってみたが、あいつの姿はなく、見つかったのは小さめの川の橋の下であった。
見つけた時既に彼女は泣いていて、俺は首を傾げるだけ。
見なかったことにしようか、それともからかうか。
後者は最低野郎だ。わかっていながら、俺は彼女に近づく。


「メソメソメソメソ何やってんでィ」


彼女は気づいていなかったのか俺の声にビクリと肩を震わせる。


「うるせぇ!見てんじゃねぇヨ、見物料とるアルヨ」


「別に自ら泣いてる奴に興奮しねぇから」


「…。」


そういうことじゃないとツッコミが入るだろうと思っていたせいかなんだか空振ってしまったような、虚しさを残す

そんな元気もないってか

俺が隣に座ってみればチャイナは簡単に泣き止む。
こんな事なら隣に並ばない方が良かったかと妙に気を使う自分が気持ち悪く思えた。


「お前、銀ちゃんに変なこと言うなヨ?」


「変なことってなんでィ」


チャイナは言い返そうと振り向き、やっとまともに顔を見せた。その顔はやはり泣き止んだばかりの少女の顔で痛々しい。こんなにこいつは女っぽかっただろうかと視線を背けるとチャイナも俺から視線を外すのがわかった。


「何も言わなければいいアル」


「ふーん、その代わりに何かしらの対価はあんのかィ?」


「…何が欲しいアルカ?」


何故こんなに必死なんだかと思わず笑いがこぼれる。それも、気分のいい笑いではない。


「副長の座」


「それくらい自力でとるアル」


まあ、そのつもりだけど。と返して、また鼻で笑う。こいつに何が返せると言うのか、俺には一つしか見えなくて。


「じゃあ、金」


「お前、働いてないのに給料もらってんだろうガ」


今度は笑わずに、真剣にその答えを口にする。それも、チャイナが強気な顔でこっちを見ているのをわかって、わざと視線をぶつけて。


「なら、お前」


一瞬の間を置いてわかっていたかのように風が頬をかすめていく。


「鳥肌たったアル、キモチワルイ」


「俺も、自分で言って気持ち悪くなっちまったぜィ…」


お互いにオエッと吐くような動作をしてそっぽを向く。

やっぱりこういうのは向いてなかった。やるべきは土方さんくらいだ。

自分が不向きなことをなんとなく察していたけど、実際にやってみると本当に気持ち悪いものだった。隣で鳥肌をゾワゾワさせているチャイナを見て思う。
少しだけ、こいつの女の部分がもっと見てみたかったんだと。


「つーか、黙っとけって言うなら、理由くらい言えばいいんじゃねぇのかィ?」


「嫌アル」


無言でじーっと見つめるとその圧力に負けたのかやっと口を開いた。


「ちょっと、寂しくなっちゃった、だけネ」


ふーん、と相槌を打って続きを待つがそれ以降は続くことなく口を閉ざす。


「は?それだけで納得するわけねぇだろィ」


「あ?お前に言うのが嫌アル、お前なんかに聞かれることの方が泣きたくなるヨ!」


「だから、泣かせるのが趣味なんでィ、泣きながら言えばいいだろィ」


嫌な趣味アルナと嫌味を垂れてからまた押し黙る。その姿すらも乙女さを漂わせていた。

俺の頭もとうとうイっちまったか。そろそろとは思ってたけどねィ…。

呆れたようにため息をついて相手の答えを待つ。


「友達と喧嘩したアル」


「うわ、ちっさ」


思わず漏れた本音にギロリと睨み返される。それは確かに、だから言いたくなかったんだと目が語っていた。


「そこまではまだよくて、喧嘩した時、相手のこと殴りそうになったアル」


「へー?」


たったそれだけで泣くほどか?と試すように返答をすると、チャイナはそれに簡単に煽られ、流され、ズルズルと本音が吐き出される。


「私、夜兎アル。どう足掻いたってこの力は消えてくれないネ。だから、ちゃんとぶつかって、殴り合ってでも、喧嘩してみたいって…。他の子みたいに同じ様に過ごしたいって、そう思っても…どうしてもそれはうまくいかなくて、同じ位置に立てなくて寂しくて」


片言の語尾が丸くなるほどにチャイナは小さな女の子になっていた。
それだけかと思った矢先に、またチャイナの口は開かれる。


「でもそれは、もうしょうがないってわかってるけど。…私を、そんな私を理解してくれるのはただ1人しか居なくて。でも、バカ兄貴は、兄ちゃんは居なくて、あの時の兄ちゃんはもうどこにも居なくて…」


何も言えずに隣に座っている自分、その隣で、心が高ぶって行く彼女

彼女の心はまた、頬を伝いこぼれ落ちる。


居ないんだ、
どこにも、
自分を理解して包み込んでくれる姉上は…

心のどこかしっくりとピースがハマって、簡単に心は俺の目からもこぼれ落ちた。

なんだ、壊れてなんかなかった。少しだけ、足りなかっただけだった。

彼女が見つけてくれた、俺の中で大事な部分


「て、お前なんで泣いてるアルカ?え、お前、なっ…は?バカデスカ?」


「バカで、悪かったねィ」


何?寂しくなっちゃった?
それは旦那が言ったセリフ
それを彼女は自分の言葉のように使いこなした。

返事もせずにポロポロと涙を溢れさせる。そんな自分を見られたくなくてこっちを見ていたずらに笑うチャイナを引き寄せた。
チャイナは簡単にバランスを崩してそのまま俺の方へと倒れこむ。隙をつかれたらしく、本人も何も抵抗できずに俺の腕の中に収まってしまっている。


「おい、あらぬ誤解を生む前に離すアル」


「やだね」


きっと周りから見たらチャイナが俺を押し倒してるように見えるだろう。俺はというとチャイナをちゃんと抱きかかえているのだけど。
慌てるチャイナを無視して少し赤みがかった空を見上げる。
ゆっくりと深呼吸をすると菜の花の甘い匂いがした。春はもう来ているのか。
ふと視線に気づき歩道を見上げると今さっきまで噂の旦那があんぐりと口を開けて見ていた。


「チャイナ、迎えきたみたいだぜィ?」


「んがっふぐっ…!やっと解放されたアル」


俺の腕から解放されようと反抗していた勢いで頭上から落ちていったようだ。痛そうな音が聞こえた。
寝そべっていたところから起き上がり、旦那の目の前まで移動する。
慣れない事をしたせいで肩が変な感じだ。こむら返りってやつか?


「な、なななな、なんで沖田君半泣きなの!?なな、な、神楽ちゃん!?えっ!?え…?神楽ちゃんが沖田君を押し倒して…!?え…!??」


混乱している旦那を尻目にやっと河原から歩道へと登ってくるチャイナを見つめる。
旦那の勘違いにチャイナも気づいたようだ。


「ち、ちがっ!違うアル!何勘違いしてるアルカ!?私がこいつのこと…!?あるわけないネ!変な妄想してんじゃねぇヨ天パ!!!」


2人して会話にならない動揺の叫びを漏らしていたが何も言わずにただそれを見ていた。


「お前!ちょっとは誤解解くの手伝えヨ!お前だって勝手に私とデキてる扱いされるんの嫌だロ!?」


そこで気遣ったように笑って旦那をチラリと見てからチャイナへと視線を戻す。


「お前が旦那には何も言うなって言ったんでィ、何もいわねぇよ」


最後は少し頬を赤らめる。そうすれば完璧に、ほら、旦那の目が死んだ魚の目以上に死んだ魚が腐ったあとカピカピになってしまった目になり変わる。


「おっまえ…!そこじゃないアル!そこじゃなくて!」


「ん?まあいいか。とりあえず旦那には内緒でさァ、あ、俺も迎えきたんで。失礼しやす」


ちょうど土方さんに言われて俺を探しに来たであろう部下の乗ったパトカーが川辺に止まったのでそれ目がけて歩き出す。後ろでギャアギャアやってる2人なんて知らない。


「何やってんだろ」


自分のやってしまった不思議な言動に振り回されながら、パトカーの助手席に乗り込むのだった。



心の切れ端

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