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□バレンタイン(2014年ver)
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木でできた古びた扉を蹴っ飛ばして開ける
「たのもー!」
彼女の身体的能力はずば抜けていて、そんな扉などなかったかのように周りの障害物は蹴り飛ばされていった。
「朝からなんですかィ?」
ちょうど良く縁側に寝転ぶ沖田総悟に出会い、神楽は駆け寄った。
こいつ!こいつに貰うネ!
目を輝かせて寝転ぶ沖田を見下ろすとそのまま胸ぐらを掴む。
「チョコ寄越せヨ!」
変なアイマスクを着けたままだった沖田は、なかなか状況が掴めずに胸ぐらを掴まれたままアイマスクをおでこまで押し上げる。
なんだこいつ、汚え
それが見たままの現状だった。もう既に隊服にはヨダレがダラダラとこぼれ落ちている。
掴まれている手を振り払い、体を起こすと寒さで固まってしまったような体を背伸びで生き返らせた。
「今日はバレンタインアルよ?お前私のこと好きなんだからチョコを寄越すアル」
「は?」
心の底から出たような疑問の声を神楽は聞いちゃいない。興奮したまま語り出す。
「お前から好かれるなんて気持ち悪いと思ってたけど、今日は違うアル!美味しいチョコくれたら考えてやってもいいアルよ?あ、勘違いするなヨ!お前とのこれからの付き合いを考えるんじゃなくて、お前がこのまま私を好きでいていいかだからナ!」
このまままだまだ神楽の勝手な勘違い妄想は続き、止めようにもマシンガンの如く喋り続ける。とにかく、美味しいチョコを持ってこい。そういうことだ。
沖田は少し考えてから喋り続ける神楽をデコピンで止めた。
「山崎に」
「ザキ?」
「山崎にすっごい美味しい高級チョコを買ってくるように頼んでんでさァ」
やっと止まっていたヨダレも、あっという間に元通り垂れ始める。足元には水溜りができてしまいそうだ。
「だから、ザキんとこ行ったらすぐ貰えるんじゃねェ?」
目を輝かせてコクコクと頷く神楽に、バカだなぁと心の奥底で笑いながら話を続ける。デパートの地下にあるゴデュバだなぁーと。
これだけで沖田の睡眠は保証されたようなものだ。あともう何時間は眠れる。
神楽がまた障害物をどんどん壊して行く姿を見送ってアイマスクを元に戻す。
普通逆だろィ?チョコじゃなくても酢昆布持ってくりゃ良いんでさァ。あっちが俺に恋愛感情持ってんだろうし。
別に俺は。
眠りに落ちるまであと数秒。昨日はよく眠れなかったせいか、簡単に落ちていく。
神楽は目標の場所に既に辿りついていた。いつも銀時がペロッと食べてしまうチョコを、今日は存分に食べられる。しかも、いつもの安物チョコじゃない。高級チョコ!ブランド名はよくわからないが、デパートに入ってるんだからきっと高いやつだ!本物の高級チョコだ!そう思い込んで意気揚々とデパートの人ごみの中へ滑り込むのだった。
「居ないアル」
人ごみの中でザキの名前を呼ぼうかと考えたが、この中じゃ聞こえるわけもないだろうし。相手は神楽が来ているとは知らないだろう。それをわかって居るからこその我慢だった。
ピンポンパンポンとなる放送でひらめく。
あ、迷子の放送を使えばいいネ!
さすが、私天才アル!
そう思いたてば速攻で迷子のお預かりセンター目掛けて歩き出した。ものであれば蹴散らすこともできるが、人となると躊躇われる。そのせいで中々目的地につかず、イライラさせられていた。
やっとのことでたどり着き、放送をかけてもらって30分。人の来る気配はない。聞こえてないのかもともう一回やってもらうが、効果はなかった。
ん?もしかして、もしかするが、
「騙された!?」
そう神楽が気づいた時にはもう遅い。デパートについてから3時間は軽く経過している。
あの野郎!また騙しやがったアルナ!?
迷子の係員さんにもういいことを伝えてその場を飛び出す。
絶対ぶん殴ってやるネ!
チョコぐらい素直に渡せっつーの!
行きに蹴散らして開いた道をもう一度走って戻っていく。そのおかげか行きよりもはやく屯所にたどり着いた。
一度壊した門からまた沖田の居たあの場所へ神楽が戻ると、障子に背中をもたれて座る沖田がいた。
「随分とまあ遅かったねィ?」
「騙しといてその態度アルカ!?」
顔を真っ赤にして怒る神楽に、沖田は計算通りとでも言うかのように鼻で笑った。
「ほんの冗談のつもりだったんでィ。悪意はねェよ」
わざとかのような棒読みに神楽の怒りは増すばかりだ。
苦労して作ったんでィ、簡単に渡すわけねぇだろーが。
そう心の中では言ったが、神楽を目の前にしてかっこつけられるほどの余裕は持ち合わせていない。
「悪意満々だよナ!顔にそう書いてあるネ!」
そうかもねィなどと呟こうかと思った沖田だったが、神楽に先手を打たれていた。後ろは障子、前は神楽。完全包囲状態だ。
前もこいつとの喧嘩の時障子ダメにしたからな、次やったらまたザキがうるせェや
障子を壊しての脱出は困難と見た沖田はここからの反撃を考える。
チョコを渡してしまえばもう何もないのに、渡す勇気がなかなか出ない。その姿はうじうじとした乙女のようだ。
「チョコ、どこアルカ?」
詰め寄る神楽との距離に耐えられなくなったのかやっと自分の影に隠していたチョコを取り出す。
「ん」
器用に結ばれたリボンではあったが、それは一目でわかる手作りチョコ。
神楽はそれに気付かぬままリボンを解き、その中のチョコを人差し指と親指で摘まみ、そのまま口に放った。
「ぶっふぇっ!からっ!辛いアル!」
げほげほと咳き込む神楽をブフっと吹き出して笑う沖田。その姿はもう追い詰められた彼ではない。
「それ、ハズレだねィ」
「は!?なんでハズレとか入れるアルカ!?」
泣きながら吐き出すその物体は、昨日夜なべして作ったチョコレート。見回り(サボり)の間に立ち読んだ手作りチョコレートを応用して作ったものだった。
「当たりがもっと美味しく感じられるように?」
「今適当に作っただロ!」
いつもは簡単に騙される神楽が面白いが、こうやって歯向かって来る神楽はもっと面白く思える。
そうやって面白がられていることに神楽は気づいていて、ムカついた勢いでもうひとつのチョコを半分口に入れて味を確認する。
味は…悪くない…むしろ、美味しい。歯ごたえが普通のチョコじゃなく、何か混じっているようだった。
残った半分の切り口を見ると赤いツブツブの何かが見える。
「これ、何アルカ?」
「ああ、それ当たりだねィ」
沖田が優しく笑うのを見て不安になりながら舌触りを確かめる。
いや、辛くは、ない…?
首を傾げる神楽にその優しい微笑みのまま口を開く。
「俺の髪の毛と足の肉」
びっくりしすぎて神楽はゴクリとそれを飲んでしまった。吐き出そうとする前に沖田がまた口を開く。
「んなわけねェだろィ」
バカにしたような笑い方だったが、神楽はこいつならやりかねないと一瞬思ったため、笑えない冗談だった。
「じゃあ、これ何アルカ?」
「ラズベリー。チョコに合うって書いてあったから当たりには入れてみたんでィ」
ホッと安心したらしい神楽はやっと警戒を解き、沖田と程よく距離をとった縁側に座る。
わざわざそんな距離開けなくたって。と地味に傷つく沖田の心など知る由もなかった。
「やっぱりお前、私のこと大好きアルナー」
気持ちわるーいと付け加える神楽に軽い殺意を覚えた沖田だったが、神楽の後ろ姿を見て思う。本当は、そうかもしれない。と。
「別に俺は…」
「…ん?」
当たりチョコを手探りで探しながら沖田の方へ振り向く神楽は、西日に照らされてすごく眩しい。
「別に俺はそこまで好きじゃねェ」
「バレバレな嘘アルナ」
こういう時こそ騙されとけば良いのに。
沖田の願いは叶う事はない。
「ホワイトデーは倍返しな」
「…?ホワイトデーも貰いにくるアルよ?」
日頃の感謝を込めるんだナ!と神楽がいたずらに笑って、沖田の心は簡単に捕まえられてしまう。
「また寝不足にならァ…」
沖田の独り言が聞こえたのか聞こえてないのか、神楽は楽しそうにチョコを食べるだけだった。
バレンタイン(2014年ver)