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□七夕(2013ver.)
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もうそろそろ蝉が鳴き出す頃、せっかくの七夕なのに雲がもくもくと青暗い空を覆っていた
去年の七夕は晴れていたのに。今年、2人は会えないのか。
柄にもなくロマンチックな感傷に浸る。
心が痛い、
心よりもどこか胸の奥が痛い。心臓の奥の奥の真ん中あたりが痛い。
隣にチビなガキを連れて何を思っているんだか
七夕だと言うのに今日は七夕祭りで、それのせいで俺は残業で、
結局は迷子のガキを拾って2人で空の雲行きを伺っている
ロマンチックの欠片もないような顔したガキは空を見あげると瞳が輝いているようだ。その青い瞳は間違いなく晴れている。
すぐ近くでは大人のはしゃぐ声が聞こえた。



「酢こんぶが降ってきますように」



いつも通り着飾った風でもないチャイナもどこかはしゃいでいる様
手のひらをこすり合わせて願い事をしている



「七夕で願う事じゃねェだろィ」



「酢こんぶがないと死活問題ネ。ごちゃごちゃ言わずに降らせるアル!」



願い事をするように言い返してくる
手はまだ合わせたままだ



「お前のくだらない願い事は叶えまセン」



「どうせ毎月金もらってんだロ!可哀想な出稼ぎ娘に恵んだって罰は当たらないアル」



合わせていた手を離して小脇に抱えていた傘を手にとった
強気な青い瞳は俺を睨みつけている
俺はそんなチャイナを少し上から見下ろして嫌な笑顔をつくるのが、いつも動作



「じゃあ、お前も俺の願い事叶えてくれんのかィ?」



真面目な顔してポケットに手を突っ込むといつも忍ばせている紙の小さな箱を手で確認した
今日も準備は万端である



「嫌アル。男には貢がないで貢がせなさいってマミーが言ってたネ」



「お前の親こわいなオイ」



フンっとそっぽを向くチャイナに降らせると言うよりポケットの物を投げ落とす
痛っと頭を軽く押さえてはいたがどうせ酢こんぶの箱だ。そう痛くはない。



「あ、降ってきた!?」



「降ってきたねィ」



気づいてないらしく嬉々として酢こんぶを拾い中をあけると一つ口にくわえる
拾い食いするなよ、と思いつつも予想通り
彼女は上機嫌に鼻歌を歌っている
俺はちゃんとチャイナの願い事を叶えてしまったわけだ



「あ、辛くないアル」



ふふっと笑ってこっちを向かないチャイナ
それはもう今俺が真赤になっている事に気づいているんだろう
願い事を叶えてやったと思った俺がバカみたいだ



「お前の願い事、叶えてやろうカ?」



ふてぶてしく笑うチャイナなんか無視でチッと舌打ちだけ返す
こいつの方がガキなのに。なんで俺が弄ばれてるんだか。

チャイナはまたふふっと笑うとわかったかのように俺の右手にチャイナの手が触れ、その驚きにビクッと小さく体を揺らす俺の手を握った



「あーほんと神楽さま優しすぎアルなー」



酢こんぶを齧りながら空を見上げるチャイナは満面の笑みでその表情を盗み見る俺はつくづくバカだ

遠くに銀髪が見えると手は簡単に離れてしまう
俺はそれを渾身の勇気を振り絞って捕まえると、今度こそ余裕そうな笑みを零す



「こんなもんじゃ」



足りねーと言いかけたところで唇を塞がれた



「酢こんぶ、やるヨ」



何も言えずにくわえたままの俺からチャイナは簡単に離れてしまう
俺にはもうチャイナをもう一度引き止める勇気がない
もう手が届かないところまでチャイナはかけて行ってしまった
でも走れば捕まえられるだろう
わかっていても体は動かない。勇気を使い果たしてしまったから

チャイナはそんな俺に気づいたのかくるりと振り返って俺に焦点を合わせると少し不貞腐れたような顔をした



「私が大好物の酢こんぶをお前にやったってこと、どういう意味かわかってるよナ!?」



最後までチャイナは俺の心を掻き乱して暴れまわって退散するのか
そんな楽しそうな役割、俺に回してくれよ

酢こんぶを右手で口から取ると少しだけ多く空気を吸った



「つまり俺が大好きってことだろィ?」



チャイナはまた身を翻して銀髪の元へとかけて行く
答え合わせくらいしてから行ってほしいものだ
右手にもった酢こんぶをもう一度口に戻す
そんなに酢こんぶが好きとは思っていなかったのに、簡単に酢こんぶは俺の特別なものに成り上がる



「わかってるなら良いアル」



そう呟いたチャイナを俺は知らない



七夕(2013ver.)

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