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□言わせてみたい
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昼食後の少しの自由な時間、ムン・ジェシンはよく明倫堂で昼寝をする。
午後の講義に間に合うよう起こせと頼まれた名無しさんは、びっしりと机が並べられた部屋の隅で、丸まって眠る彼の寝顔をぼんやりと見つめていた。
ふと、思い付いたことがある。
失せろ、ぶん殴るぞなどといった類いの台詞は挨拶のようなもので何度も聞いてきたが、彼の口から好き、という単語が発せられたのを聞いた試しがない。
自分の髪が頬にかかり、くすぐったそうに身をよじるジェシン。
だが、起きる気配は無い。
首もとをこしょこしょと、指先でくすぐってみた。
一瞬、眉間に皺を寄せただけで、起きてはくれない。
ならば、と今度は脇腹辺りをくすぐってみた。
「おい、まだ時間はあるだろう?くすぐったい、寝かせろ…」
眠そうに目を薄く開き、煩わしそうに名無しさんの手を払う。
「寝かせません!」
それでもしつこく、脇腹をくすぐる。
ヨンハあたりなら、この辺で一発鉄拳を喰らってる頃だ。
「おい、何なんだよ!や、やめてくれ…!」
こそばゆくて、目の端に涙を浮かべるジェシン。
体に力も入らず、抵抗も出来ない。
「先輩が、好きって言ってくれたらやめます」
驚いた彼は、言葉も出ない。
真顔でそう言い放って、くすぐる手を止めない後輩を、呆気にとられて見つめるばかり。
それにしても、本気らしい。
その手は、本当に好きと言うまで止める気は無いようだ。
「…っ!!」
何とか起き上がり、名無しさんの手を左手ひとつで押さえ込み、右手で後頭部をそっと抱えて、額に触れるか触れないかほどのキスをした。
名無しさんは、大きく目を見開いて固まっている。
その耳元で、
「そういう言葉は、もっと風流な状況で使うもんだ」
と囁き、すっと立ち上がって明倫堂を後にした。
耳まで真っ赤にして、ぼんっと顔から湯気の出そうな後輩を振り返り、してやったりの表情を浮かべるジェシンだった。
(俺に好きだと言わせるだって?
言葉よりもこの方が伝わるだろうよ、俺の気持ちは…)