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□おまじない
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夕食を終え、風呂でも入ろうかと歩いていたジェシンの足が止まった。
「うっ…うぅっ…」
建物の影で膝の間に顔を埋め、一人泣き濡れている少年が居た。
女のように小さい奴、等とからかわれるのは日常茶飯事だ。
だが、それ以上に近頃では党派を超えてソンジュン、ヨンハ、ジェシン、ユンシクと仲の良い名無しさんに嫉妬する者も後を断たない。
中には、彼女が小柄なのを良いことに小突いたり手を挙げてくる者も居た。
負けん気の強い名無しさんは、それに屈すること無く応戦しているのだが、やはり男の力には敵わず、身体中が痛み、そして何よりも悔しくて、こうしてよく人知れずこっそり泣いているのだった。
「…今日は何人相手にやらかしてきたんだ?」
泣いている名無しさんの隣に腰をおろすジェシン。
慌てて涙を拭ったせいで、少し腫れた目の回りがズキンと痛んだ。
絞り出すような声で5人です、と返事をする。
「一人で5人も相手に?…兄貴と呼ばせてもらいたいな」
極力明るく言うがその目は笑っていない。
本当は今すぐにでもその者達をこらしめてやりたいが、名無しさんがそれを望んでいないのだ。
男としてここで過ごそうと奮闘している彼女の意思を、踏みにじるわけにもいかない。
黙って隣で、泣き止むのを待ってやる。
「先輩…」
まだ涙声で顔を上げた名無しさんの姿が痛々しい。
見ていられなくなって、ジェシンは子供をあやすようにそっと抱き締めた。
「もうこれ以上頑張れないかもしれません…」
珍しく弱音を吐いた。
いつもは気丈に振る舞っているが、今日は彼の優しさに甘えてしまった。
壊れ物を扱うように、そっと回した手でゆっくりと背中をさすってやる。
こんな小さな体で、まだあどけない顔に傷まで作って…
考えるだけでも胸が痛む。
「何も話さなくて良い…」
嗚咽を我慢している名無しさんに気付き、胸を貸してやる。
「泣きたい時は、こうやってそばにいてやるから…」
その言葉に安堵し、ダムが決壊するように、こらえていた涙がどっと溢れた。
それからしばらく経っただろうか。
ひとしきり泣いた名無しさんはそっと顔を上げて彼の表情をうかがった。
少し困惑したような、それでいて温かい眼差しで、
「後にも先にも、俺の服を涙で濡らした奴はお前ぐらいだろうよ」
と、冗談を言う。
すみません…と恥ずかしそうに鼻をすするのを見て、衝動的に視線が唇にいってしまったが、そこはぐっとこらえた。
「喧嘩はもうやめとけ」
…その綺麗な顔にこれ以上傷を作ってはいけない、と言いかけて飲み込んだジェシン。
「ぷっ…あははっ!
喧嘩っ早い先輩にそんなこと言われるなんて…ははっ」
「…っ。泣いたり笑ったり、忙しい奴め」
ほら、といつの間にか取られていたらしい右手に小さな石のついた飾り紐が結ばれていた。
彼が身に付けているものによく似ている。
「馬鹿にされたり、嫌な目にあって辛いときはこれを見て思い出せ」
心配してる人がここにいるから…。
「わかりました。もう殴り合いはしません。どうせ負けちゃうんだし…」
このおまじない、効きそうですとはにかむ名無しさんだった。