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□花、満開
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成均館にまた春が訪れ、新入生の緊張した表情も徐々にゆるみはじめた頃、桜の花も見頃を迎える。


桜の木のまわりを、くるくるとまわる名無しさん。

「ねぇ、見てみて先輩!綺麗でしょう…」

ジェシンは、いつものように木の上に腰掛け、ぼんやりとその姿を見下ろす。


すがすがしい風が吹くたびに、咲き誇る花びらがはらはらと舞う。

普段空虚なジェシンの瞳には今、満開の淡い桃色とそれを楽しむ後輩の姿が映り、その眩しさに軽くめまいをおぼえた。


自分は他の学生を一切寄せ付けない風貌、素行にも関わらず、名無しさんは何かといつも自分のそばで先輩、先輩と無邪気に笑っているのだ。



ジェシンのそばで楽しそうにいつも名無しさんは微笑んでいる。

なぜか、その姿に心が洗われていくようにいつも穏やかな気持ちになれる。
無念の死をとげた兄を想い、父を恨み続ける地獄のような日々から、ひとすじの希望を見出だしたかのように思えてくるのだ。


あのヨリムでさえ気付いていないが、いつも時間を共にする彼には名無しさんは男ではないということがすぐにわかった。

死罪にすらなりかねない重荷を背負ってまで、彼女が果たそうとしている目的はわからない。

問い詰めれば、自分の元から去っていってしまいそうで怖い。

理由は何であれ、彼女が志を成し遂げるまで何としても守ってやりたいと、強く誓うのだった。

自分でも、それが何故かははっきりとわからない。



「風が吹いたら、せっかくの花が散っちゃいますね…」

散りゆく花びらをつかまえようと、手を伸ばして残念そうな声をあげる。



その姿は、散る花よりもよっぽど儚げで、見ていて切なくなる。
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