Short
□恋煩い
1ページ/2ページ
午後の講義も終えた頃、一人頭を抱えている生徒がいた。
(あぁ…やっぱり今日の私はなんかおかしい)
誰も居ない尊経閣で名無しさん
は、今朝見かけた光景を思い返す。
講義へ向かおうとのんびり歩いていると、運悪く先生に呼び止められ、教材を運んでおいて欲しいと頼まれた。
両手に乗せられた重たい本の山を抱え、よろよろと石畳につまづきかけながら歩いていた時…
テムルとコロが仲良さそうにはしゃぐ声が遠くから聞こえてきた。
声のする方へ目をやると、二人は何やら楽しそうに笑いながら、肩を叩きあっている。
(羨ましいなぁテムル…。私も先輩とあんな風に話せたらな…)
本棚と本棚の間を行ったり来たり、うーんと唸り、うろうろする名無しさん。
端からみれば、ただ単に二人は冗談を言い合っている仲の良い先輩と後輩の関係。
でも、なぜかその姿を見てユンシクに対して少し、嫉妬してしまうのであった。
(そうだ!私がもし仮に普通に、女の子として居られたとしたら、もっと先輩との距離、近付けるかな?)
人差し指で本棚の木目をなぞりながら、でも、美人じゃないし、料理や裁縫も得意な方じゃないしなぁ…と、しょんぼり肩を落とす。
(いや、待てよ。もし女の子の姿でいたらコロ先輩のことだもの、しゃっくりばかりで目も合わせてくれないんじゃ…?)
きっとそうだ。
そんなのは困る。
私だって、これでも一応女のはしくれだ。
だったら今のままの方が良いや、と首をブンブン縦に振る。
でも、たとえ仮に女の姿で居たとして、先輩にしゃっくりされなかったら?
それはそれで結構傷付くかも…。
もじもじと、体を左右にゆする名無しさん。
それにしても、私はいつも親切にしてくれる友達に向かって、なんて醜い感情を抱いているんだ。
眉間にシワを寄せ、自分への嫌悪感に襲われる。
彼は何も悪いことなんて一切していない。
それどころか、私の事を大事な友達として気に掛けてくれて、いつもよくしてくれているのに…。
(ごめんね、テムル。
私も、テムルのように明るく前向きで、聡明で、芯のしっかりした人を目指すよ…!こんな風にくよくよしてる場合じゃない!)
勝手に芽生えた小さな嫉妬心について、これまた勝手に自分一人で話の落とし所を見い出し、よし!とその決意を胸に小さくガッツポーズをする。
「…あ。」
斜め前の方から視線を感じた名無しさん。
「先輩…!!」
見られてた…?
「孔子の教えや学問の本ばかりのこの本棚に、そんな次から次へ話が展開していく本なんか、あったか?」
尊経閣の本ならとうにすべて読破済の男、ムン・ジェシン。
背中を棚にあずけ、不思議そうな顔でこちらを見ている。
「先輩はいつからここに…?」
「一人で唸ってるあたりから」
こいつは一体何の本を読んでいるのかと、その手元に視線を落とす。
「お前、ここで何してるんだ?」
名無しさんが手にしていた本は、上下が逆さま。
とりあえず適当にそばにあったものを読んでいるフリをしようとしたものだから、気付かなかった。
最初からすべて見られていたんだとわかり、返す言葉が見つからない名無しさん。
「…何か、悪いもんでも食ったか?」
「いや、これはその…」
挙動不審に、誰も居ない所で一人百面相を繰り広げていた目の前の後輩。
見られていたのだとわかり、あからさまに動揺している。
何者なんだこいつは。
「拾い食いでもしたのか?やめとけ、癖になるぞ」
名無しさんの両方のほっぺたをむにむにと引っ張って、彼は立ち去ってしまった。
名無しさんの、何かを必死に考え、猛烈に頷いたり、落ち込んだりしていた様子が再度頭の中に浮かんできて、笑いをこらえて歩き出すジェシン。
間抜けな姿を見られてしまい、呆然と立ち尽くす名無しさん。
引っ張られた自分の頬に触れ、また一人、誰も居ない部屋で顔を真っ赤にしていた。