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□悩ましい声
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昼間の喧騒がまるで嘘のように、静寂に包まれる成均館の夜。
消灯時間を過ぎた宿舎は、月明かりにだけ照らされる。
ここ数日、東斎の若者たちは夜な夜な響く声に悩まされ続けているのだった。
「あぁー気持ち良いです先輩。
…っ!んー、そこそこ!
あぁ、それ!そっちじゃなくて!そう、ああ、もっと…」
「どれ、ここか?
フフ、そんなお前の顔はじめて見た」
口角をきゅっと上げて笑う男の顔が想像できる。
「だって、先輩すごい上手だもの
…!あっ痛たたっ!
もっと優しく…んんっ、そこはだめです…」
「痛いぐらいが良いんだろ?ほんとは好きなくせに…」
皆寝静まったはずの東斎の一室で、連日連夜繰り広げられるク・ヨンハと名無しさんの会話。
思春期まっさかりの青年たちは、悶々とした気持ちを抱え、寝たフリを決め込む。
―明くる夜。
「おーっ、名無しさん、ずいぶん上手くなったじゃないか!」
「今日は私がする番なんで、先輩はそこでじっとしてて下さいね?」
「あーっ、良い!お前も中々心得てるなっ…!」
どうやら、今日はヨンハがせめられている側らしい。
今までに無いパターンに、聞き耳を立てていた者たちはさらに想像が膨らんでいく。
「ねぇ、あの声って…その、やっぱりまずくないかな?」
中二房のキム・ユンシクはついに他の学生たちがあえて口にしなかったことを、同室生の二人に感じるままに問いかけた。
右側の男からはわざとらしい咳払いが、左側の男からは布団越しにガッ!と足を蹴られてしまった。
お前、空気読めよな、色々と。
そんな無言の主張が両脇から同時に飛び交った。
それでもひるまず、
「あの二人…まさか!?」
がばっと布団から上体を起こすユンシク。
「男色なんて、ここでは絶対にあり得ない」
規則と道理を重んじるカランの言葉にこそ迷いはないが、明らかにその表情は戸惑いを隠せない様子。
「よし名無しさん。ご褒美に特別に、攻守交替といこうか。
ほれ、ここが好きなんだろう…?」
「あぁーっ。そうです、そこですっ」
姿の見えぬ二人の、あやしい会話は続く。
「あのヨリム先輩のことだもの…僕、名無しさんが心配になってきました」
焦るユンシクの言葉に同調したいのは山々な二人だが、世の中には見てはいけないものというものも確かに存在するわけで…。
やめとけ、と言わんばかりに珍しく布団を頭からかぶって再び横になるコロ。
いくら十年来の友とはいえ…
いくらあの女たらしとはいえ…
いくら名無しさんがあんな声を出すからとはいえ…
男にまで手を出すはずはない…
…と、思いたい。
「学士たるもの、真実を追究するのが務め。でも、やはりこれは…如何なものかと…。いやしかし、同じ儒学を学ぶ者として、友を信じるべきか…」
ぶつぶつとつぶやきながら、自問自答を繰り返すカラン。
「やっぱり、中の様子を見に行こう!」
「「いやそれはだめだ!!」」
名無しさんの身の安全が心配なテムルの提案は、左右からぴしゃりと却下された。
「わかりました、では僕一人で行きます」
正義感の強いテムルが意を決し、自室の部屋の戸に手をかけようとしたその時、
「名無しさん、良いとこついてくるねぇ」
「この方が気持ち良いでしょう?」
「くーっ…確かに悪くはないなぁ…」
これは本格的に、まずいのでは。
男同士、真夜中に堂々と楽しくやりながら、ましてや、そんな趣味まで…?
(名無しさん!目を覚まして…!)
(あいつ、ついに血迷ったか…?)
(やはり、真実を追究せねば…)
胸に抱く思いは三人それぞれだが、その部屋を確認する、という目的が一致した。
扉の前で、顔を見合わせる三人。
無言で同時に頷き、勢いよく扉を開く。