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□手をつなごう
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今日は待ちに待った、月に二度の帰宅日。
寄宿舎生活ももちろん楽しいけれど、やはり自分の家に帰れる喜びは別格だ。
幼いときに両親を亡くし、姉と二人暮らしの名無しさんは、露店でお土産選びに夢中だ。頂いたお小遣いの入った袋をぎゅっと握りしめながら。

王様からの密命とはいえ、女の身でありながら成均館に入学した名無しさんを、姉は誰よりも心配している。

「新しい髪飾りが欲しいって言ってたっけ。お姉ちゃんに似合いそうなのは…」

並べられた色とりどりの飾りを手に取る。自分は姉と違い昔からあまりお洒落に気を使わない。お年頃を迎えても男装しているうえ、慣れとは恐ろしいもので、何だか少し恥ずかしい。

「今日ぐらいは女に戻ったらどうだ?」

突然耳元で囁かれ、振り返る。

「先輩、いつの間に…?」

返事をせず、髪飾りや帯を手に取っているのはムン・ジェシン。

「これなんか似合うんじゃないか?」

鮮やかな朱色の帯を片手に真剣な目で見つめられた。
思わずトクンと心臓が跳ねる。

「いえ、あの、その…僕は姉上のお土産を探してるんです」

照れながら短く答え、手元にあった紫の髪飾りと代金を露店の主人に差し出す。

そうか、とつまらなさそうにつぶやくジェシン。

「あら、お目が高いですわ。こんな綺麗な学士様に贈り物をされる女性が羨ましい…。おまけも付けときますね、今後とも御贔屓に」
主人の女は袋に小さな帯留めも一緒に入れてくれた。

そう、今の自分は男の姿。
ジェシンだけが唯一名無しさんの正体を知っている。

「姉へのお土産なんです。どうもありがとう!」

にっこり微笑む名無しさんに主人は、まぁお姉様思いなお方なんですね。お姉様のお気に召されると私も嬉しいですわ、と上機嫌。

また、立ち寄って下さいねと名残惜しそうに見詰める主人の声を背に名無しさんは家路へと向かう。

ジェシンもぱっと店の前を離れて名無しさんの後を追う。

「家まで送ってやるよ」
さりげなく荷物を持ってくれた。

「えっ、そんなの悪いですよ。先輩のお家はあちら側でしょう?遠回りになっちゃう…」

来た道の方を指差して、恐縮する。

「学生の帰宅日を狙って悪さする輩もいるからな」
ぶっきらぼうに言うが、実は心配性なジェシン。

「本当に良いんですか?…じゃあ、お言葉に甘えて」

こういう優しいところが好きだなぁ、なんてことを思いながらジェシンの隣を歩く。




ようやく、名無しさんの家の近くの村に辿り着いた。
やっぱりふるさとの風景を見ると気持ちが穏やかになる。

絶対に正体を知られてはなるまいと何かと緊張した毎日を過ごしているからだろうか、何ヵ月も帰っていないかのような気がする。

「あそこの角を曲がったところが私の家です。本当にありがとうございました」
小さくお辞儀をして礼を言う。
ではこれで、と荷物を受け取ろうとした時、ジェシンが口を開いた。

「この後、時間があるなら申の刻にここに来てくれ」

えっ?

「あの、それってもしかして…」

「いいな、申の刻だ。間違えるなよ」

名無しさんの顔も見ず、彼は来た道を引き返し、その背中はどんどん小さくなっていくのだった

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