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□安眠妨害
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「まぁ、あの先輩ならやりかねないよね…」

「しかし名無しさんも、そんないたずらをまともに相手するなんて幼すぎる。受け流す術も身に付けないと」


名無しさんから、こんな時間に廊下でへたり込むに至ったいきさつを聞いて、二人の同級生はそりゃあ苦労も耐えないだろうと同情のまなざしを向ける。

ばかばかしくて、半分ほど聞いたが寝る体制に入ったムン・ジェシン。

「今晩だけ、ここで一緒に寝させて!!お願い!」

こうなったら、頼めるのはこの人達しかいないと腹をくくった名無しさんは、三人に向かって両手を合わせる。

「もちろん大歓迎だよ!」
修学旅行の夜のように、名無しさんの場所はここね、と自分とコロの間を叩いて嬉しそうなテムル。


ちょっと待て。それだけはやめてくれ。
話の展開に急に起き上がり慌て出すジェシン。


お前達二人は知らんだろうがな、名無しさんは女、なんだぞ…。

野郎が三人も居るむさくるしい部屋で寝る、だと…?


確かにヨリムと同室で毎夜からかわれて可哀想にも思えるが、あいつもそこまで悪い奴じゃないし…。

(おい老論、いくら友達とはいえ、規則を重んじるお前ならこの事態を回避してくれるよな…?)

「もう夜も遅い。とりあえず今晩はここで寝ればいい。それに今戻ったとしてもさらに一悶着ありそうだ。僕達も早く寝て、明日に備えないと」

ジェシンのかすかな期待もむかしく、反論の余地もない言葉が発せられた。

おい老論ーっ!お前いつからそんなに友達想いになったんだ!!規則が服を着て歩いているようなお前が何故!?

心の叫びをぐっとこらえると、名無しさんの哀願する視線が自分に向けられている。

「先輩、お願いしま… 「いや断る!」

言い終わらぬうちに、かぶせるように言う。
俺の方こそ、お願いだから一晩隣で寝るなんてやめてほしいものだ。



それでも、先輩っお願いします…!と、上目遣いで頼み込んでくる名無しさん。と、その後ろには、助けてあげてくださいと懇願する二人の後輩達。


(何にせよ、この状況で女を夜中に肌寒い廊下に一人、放り出す訳にもいくまいよ…)


心の中で観念し、勝手にしろ!と声を荒げたジェシンは出来るだけ廊下側に身を寄せ、こちらに背を向ける形で再び横になった。



新入生三人は先輩の同意を得られたと解釈し、ほっと胸をなでおろす。
ありがとう、と感謝の意を述べる名無しさんのために、それぞれ少しずつ体を壁側にいつもの定位置からずらして場所を作ってやった。


色々と考えてどうなることかと思ったが、この人達のおかげで何とか外で寝ることなく、布団にも入れてもらうことが出来た名無しさんは、安心してすぐに寝息をたてはじめた。

あとの二人も、不慣れな新しい生活の疲れもあってか、間もなく眠りに就いた。





半刻ほど過ぎただろうか。

中二房では3つの微かな寝息と1つのため息がまざりあっていた。

すぐそばに、女が居るとわかっては眠れない。
いっそ紅壁書でもばらまきに、とにかくこの部屋から出ようと試みたが、運悪く雨がしとしと降りはじめた。


雨音がざわざわと強まり出したかと思うと、背中にふわりと何かが当たった。

名無しさんが自分の方に向かって寝返りをうったのだと、固まってしまう。

その腰に回されたか細い腕は月明かりに照らされ陶器のようになめらかだ。
背中には、柔らかい女の肌の温もりと感触がじんわりと広がっていく。

「ヒっ!…ヒクっ」


とうとう恐れていた事態がやってきた。
こらえようと必死になるが、いくら手でおさえても、生理現象にはかなわない。
焦れば焦るほど、息は詰まる一方で苦しいだけだ。



うっすらと意識が残っていたソンジュンは、しゃっくりの物音と、腕に感じるわずかな重みに、ぼんやりと目を覚ました。


先輩が夜に物音を立てるのも、隣のキム・ユンシクの寝相が悪いのも、どちらも今にはじまったことではない。

しかし、あることに気が付く。

日頃寝相の悪い友人の気配は明らかに今自分の頭上にある。

ということは今腕に感じる重みは…と、ぼーっとする頭で必死に考えてみる。

重い瞼をこじ開けて隣を見ると、自分の腕につかまるように、すり寄って眠る名無しさんの姿があった。

小さな体は可愛らしく丸まっているのに、ほんの少し開き気味の唇は妙に女らしさを主張していて、あどけなさと艶っぽさのアンバランス加減がかえって悩ましい。


男の同級生に、つい欲情してしまったことに衝撃を受け、思考が停止する。




中二房の端と端の男同士の視線がぶつかった。

「どうも今夜は寝苦しいな老ろ…っく!」

「やはり、4人では狭いですね先輩」

廊下側の者も、壁側の者も、思惑は違えどその視線に動揺の色をにじませ、ここから出る決意を固める。

袖で口を押さえたまま無言で出て行く先輩の姿を、暗がりの中名無しさんを踏みつけないよう目を凝らして慌ててソンジュンも追った。





難を逃れようと二人が息も切れ切れにたどり着いた部屋では、ク・ヨンハが、きらびやかな布団で気持ち良さそうに眠っている。



事の元凶となったのは、紛れもなくこの男。

つい先程沸き起こった、持っていき場の無い二人のそれぞれの複雑な感情の矛先は、一気に彼に向けられることとなった。

口より先に手が出る男は、幸せそうに眠るヨンハを足で布団から弾き出して自分がその布団の上に仰向けになった。

自分がまさか男色なのかと信じがたい事実を突き付けられた男は、たっぷり綿が詰められた掛け布団を奪ってぎゅっと目をつぶる。
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