キセキU

□30.
8ページ/10ページ






ごめん。



ごめんね、光。



あたしまた嘘ついちゃった。




トイレなんて嘘だよ。


あたしは、真っ直ぐ走ってる。
今日、このホテルから会場まで何度往復しただろうか。
沢山走ってる気がするな。


ガチャガチャッ


走るたびに揺れるショルダーバッグに入ってる物の音がする。


でもそんなのも気にならない



走って、


そして間に合わせて。



会わせてほしいなんて言わないから。




表彰式にいるブン太を見ればそれだけで十分だから。




「はぁっ…っ…」




赤信号で止まった。


ずっと走ってたから、酸素がうまく回ってないみたい。
頭がフラフラする。



「行かなきゃ」



青に信号が変わった。



会場は見えるけどまだ着かない。



走ってるのに。



汗が首をつたう



空気は涼しいのに、暑い。



「はぁっ」



ねぇブン太


あたし、一瞬でも目が合って嬉しかったよ。


気づいてくれてびっくりしたよ。




会えるのは十年後とかかなって漠然に思ってたんだけど、



もう叶っちゃったね。



あ、でも一瞬目が合っただけって会ったって言わないのかな。



都合よく考えすぎちゃった。



おめでとうって直接言いたいけど、


言ったら、



多分帰りたくなくなっちゃう。



光にはかっこつけて四天にいるって言っちゃったけど、



ブン太の顔を見たら正直…



すごくすごく戻りたくなっちゃったよ。



絶対に無理だけど



それでも立海に戻りたいなんて思ってしまった。




ごめん光。





あたし今、どうしたらいいか分かんない。



せっかくの表彰式をあたしのために四天は行かないことに決めたんでしょう。


あたしのために蔵を卓球に呼ばなかったんでしょう。



沢山気を使わせちゃってごめんね。




これで最後だから。



少し見るだけだから。






「…っ……着いたっ…」



多分メインコートだよね…


今日試合が行われていたコートに向かうと、盛り上がってるような歓声が聞こえた。


まだ始まってないのかな。




疲れた足を引きずるようにしてあたしは、メインコートへの階段を上った。


見ると、客席はほぼ埋まっていてまだ選手は出てきていないようだった。


あたしは立ってみることにした。
汗もかいてるし、ベタベタしてるし匂いが臭いって言われるのもやだしね。


…女子としてそれは避けたい。



『それでは、まずは男子の部!準優勝校氷帝学園の選手の入場です!』


音楽と共にアナウンスが流れた。

そして、歓声が一段と盛り上がる。


まずは準優勝校の氷帝からだ。


沢山の拍手の中、景吾を先頭に出てきた。



おめでとう景吾。

来年こそは幸村君と試合出来るといいね。



『次に優勝校立海大付属高校の入場です!』


…きた。


幸村君を先頭に堂々としながら歩く立海のみんな。

その中に赤色の髪をしたブン太がい…



「…え?」



どうして…?



「ねぇ立海の丸井君いなくない?」

「調子悪いのか?」

「あの目立つ髪色の子いないね」



近くにいた客席の人たちもブン太がいないことに不思議がってた。


どうしたんだろ。


表彰式って気づいてないのかな。


ブン太…



いても立ってもいられず、あたしは階段を駆け出した。



メインコートの下へ行くと、歓声だけが響いて誰もいなかった。


そりゃ表彰式だもん
いないよね。


きょろきょろしながらコートの周りを見渡しているけれど、人の気配すら感じない。


やっぱり調子悪いからかな。

えっこれもあたしのせいだったらどうしよう


携帯を取り出してみると、


《不在着信 白石蔵之介2件》


とあった。



蔵…


その文字から少し目を逸らしてみたけど何も変わらない。


かけるべきなのかな。



メールを見ると、


【白石部長から連絡合っても今日は出んといてください】


と光から送られていた。


本当にあの子は優しい。



「…よし。」


独り言を言って顔を見上げた。


周りを見渡してもやっぱり誰もいない。


表彰式戻ろうかな。
もしかしたらブン太いるかもしれないし。


うん、戻ろう。









「誰か探してんの」


後ろから聞こえた声にあたしは肩、いや、体全体が震えた。



「白石?」



だんだん近くなるその声は、距離がどれだけなのかは分からない。


だけどあたしは、その声しかもう聞こえない。



全神経がその声に集中する。



何も、聞こえない。




「それとも、俺?」




掠れさせながら吐息とともに出したその言葉をあたしの耳元で囁いた。


「っ」



「もう逃がさねぇ」



そう言ってあたしを後ろから覆いかぶさるようにして抱きしめた。


ふわっとシャンプーなのか良い香りが赤い髪から香った。


首すじに髪があたってくすぐったい。


あたしは、あたしのおなか周りにまわされたブン太の腕の上に手を乗せた。




「…もう逃げないよ」











.
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ