□繋がれた手
1ページ/3ページ




「ー・・・!」


日曜日の昼過ぎ、部活帰りに高尾の寄り道におしるこの奢りという条件付きで付き合っていた緑間は、ふと視界に入った人影に思わず足を止めた。
否、動くことができなかった。
彼が捉えたのは二つの影。
一人は見ず知らずの同年代ぐらいの少女だったが、もう一人、一緒にいた男に緑間の意識は囚われた。
それは帝光中学時代のチームメイトであり、今でも試合などでたびたび会うことがある
黒子テツヤだった。
−・・・なぜ、こんな時には視界に入ってくるのだよ。
普段は側に居ても見失ってしまうほどなのに、こんな街中で。それもこんな状況の時に。
こちらの存在には気づいていないであろう黒子を緑間は睨めつけるように見ていた。
黒子は、彼の通っている学校、誠凜高校の制服を着た、小柄でセミロングの髪をした少女と歩いていた。
その状況から、緑間は二人の関係を察した。
それと同時に、足下の地面が崩れて、奈落の底に落ちていくような感覚に陥る。
これが・・・失恋というやつか。
今まで味わったことのない胸の苦しい締め付けと、ひどく苦い思いに緑間はふっと息を吐く。
いつか、こうなるとわかっていた。
恋愛に積極的ではなく、さらに男に対して持ってしまった感情を受け入れられなかった緑間は、中学三年間、黒子に対してけっして自分の思いを告げることはなく、ましてや悟られることのないように彼に接してきた。
しかし、自身が思っていたよりもその思いは強かったようで、高校になって別々になっても、緑間の中に黒子を思う気持ちは大きくなっていく一方だった。
今、この状況を持ってしても彼の中には後悔と嫉妬に似た思いが渦巻いている。
いや、そもそも受け入れることを拒否している。
何を今更。三年以上、逃げてきたのは俺自身ではないか。
自虐的に口元を歪ませ、拳を強く握りしめる。


「ちょっ、真ちゃん何してんだよ!はぐれたかと思ったじゃん!!」

緑間が付いてきていないことに気づいた高尾が、走って緑間の元にやってくる。

「高尾、うるさいのだよ」

「ひでえっ!!」

動揺を悟られないようにいつものように高尾をあしらって、緑間はさっさと先に進み出した。






「真ちゃんって最近変だよね。」


いつものように部活終了後の帰路でのチャリアカーじゃんけんで負けた高尾は
リアカーを繋げた自転車のサドルにまたがり、唐突にそんなことを後ろでリアカーに悠然と座っている緑間にむかって言った。

「・・・そんなことはないのだよ。」

緑間はその言葉に、わずかに眉間にしわを寄せて不機嫌そうに答えた。
その反応からわかるように緑間は意外とわかりやすい。
つねに一緒にいて、人の変化に敏感な高尾はなおさら緑間の最近の様子に違和感を覚えていた。

「うっそだねー。最近シュートの精度悪いし。今日なんて五本も外してたじゃん。ボーといていること多いし、よく眉間にしわ寄せてるし、おは朝のラッキーアイテム忘れていることまであるし。」

そうつらつらと高尾から発せられる言葉はどれも的をえたものだった。
しかし緑間が素直にそれを認めるわけもない。

「・・・たまたまなのだよ。」

「そう言うなよー。悩みとかあるなら聞いてやるぜ?」

「いらん。余計なお世話なのだよ。」

頑として高尾の言い分を認めようとしない緑間の様子に、はあー、と高尾は深くため息をつく。
どうしてこいつは人を頼るってことを知らんのかね。
自転車のハンドルに組んでいた腕を乗せ、そこに顔を埋めながら高尾はそんなことを思った。
I.H、WCを共に戦い、部活以外にも行動を共にする二人の間にはたしかな絆がある、と高尾は思っている。
実際、頼ることを知らなかった緑間が俺たちを信用してこそなせるプレーまでしてみせるようになった。
しかし、やはり緑間は他人に弱さを頑として見せようとしない。
そんな緑間に高尾は少しの寂しさを感じる。

「真ちゃんの不調は真ちゃんだけの不調じゃねえの。俺たち秀徳の不調なの。つーかさ、弱さを見せるって、そんなカッコ悪いことじゃねえだろ。強がってうだうだ悩む方がよっぽどカッコ悪い。」

ちょっとは頼れよ。そう緑間につげるも、後方から返答はなし。
ですよねー、高尾はため息をついて、自転車を漕ごうと右足に力を入れようとしたとき、

「欲しいものが、」

「えっ?」

慌てて、動かそうとしていた足を止め後ろを振り返る。
少し俯き気味に、長い睫の影を頬に落として、緑間はしゃべり出した。
こちらを見ないのは、やはり照れているからか。

「手に入れたいものがあるのだよ。だが、それはすでに人の物で、諦めるつもりだった。・・・しかし、どうも諦めきれない。」

まるでガキだな。

そう自虐的に笑う緑間をなぜだか高尾は、綺麗だ、と思った。

「欲しいもの、ねぇ。人のものになったとたんさらに欲しくなるって言うしな。」

「こんなもの、悩みでもなんでもない。ただの俺のわがままなのだよ。」

普段わがまま言いまくっているのは誰だっつーの、と高尾は不謹慎かと思いつつも噴き出しそうになる。
それと、と緑間は言葉を続ける。

「たとえ誰のものでなくても、俺が手に入れられるものではないのだよ。手に入れるべきでは、ない。」

らしくなく諦めの言葉を口にする緑間に、高尾はふっと思いついた言葉を口に出す。

「・・・人事を尽くして天命を待つ。」

「・・・」

「真ちゃんいつも言ってんじゃん。らしくねえよ。何事にも全力を尽くすのが真ちゃんだろ?行動も努力もしてないくせに答えを勝手にだしてんじゃねえよ。」

結果ていうのは行動を起こした後に出てくるもんだろ?

そう挑発的に笑う高尾に
緑間は呆気にとられた後、ふっと口元を緩めた。

「それもそうだな。」

緑間は立ち上がり、一人で、自宅とは反対方向に歩き出した。

「あれ、真ちゃんどこ行くの!?」

「・・・人事を尽くしてくるのだよ。」

その言葉に高尾は思わず笑う。



「健闘を祈ってるぜ、エース様!」
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ