お題

□先生とセンセイ
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センセイと先生


「今日の補習は、魔法薬の調合な」

「ほらよ」と、目前の椅子に座り、教科書をぺらぺらと捲るだけの女子生徒にプリントを渡す。
 やる気が出るのを待っていたら日が暮れてしまうので、材料もあらかじめ用意しておいた。
 鼻を鳴らして、自分も教員用の席に着く。
 女子生徒は、被っていた三角の帽子を取り、指でくるくると回し始めた。

「おい……」

 ぐるぐると喉を震わせ、獣の耳をぴんと立てる。
 生徒がちらりとこちらを見る。
 大袈裟にため息を吐いた後で、女は口を開いた。

「はいはい、しょうがないなあ。センセイが解雇(くび)になると私泣いちゃうから、やってあげるよー」

「謙虚なのか、尊大なのかどっちかにしろ」

「いいじゃん、いいじゃん。どっちでも」

「よいしょ」と、年寄りくさい言葉を出しながら立ち上がり、材料をすり鉢に入れてごりごりとすり棒を動かす。
 この生徒は、魔法を使う仕組みも、薬を作る手順も理解が早いのに、最近成績がついてこないでいる。
 理由は単純明快。本人の授業態度や試験の態度が悪いせいだ。
 本人もわかっているのに改める様子はない。
 おかしい。入学した頃は真面目で成績優秀だと噂され、卒業式の代表挨拶も彼女が選ばれるだろうと言われていたのに。
 そのまま放置してたら留年どころか、退学の紙を突きつけられそうな勢いだったので、担任の……彼女曰く【センセイ】が、放課後こうして見ているのだ。
【センセイ】ではなく「先生」と、ちゃんと呼べ。

「わからないところがあったら、ちゃんと聞けよ」

「センセイって彼女いるって本当?」

「そういうことじゃねえよ!」

 自分の仕事に戻ろうとした矢先の質問に、がっくりと膝が折れそうになった。
 目前の生徒はけらけらと笑っている。
 この野郎。大人をからかいやがって。
 肺にたまった空気を、これでもかと吐き出したくなった。




 私のセンセイは、おおかみさんだ。
 比喩表現ではなく、おおかみそのものである。
 三角の耳に、おおかみの顔。少し固めの灰色の毛並みとふさふさの長い尻尾。
 なんだけど、四足歩行ではなく二足歩行で歩き、時には走り、体つきも筋肉むきむきである。
 教壇に立って教科書を読み、黒板に文字を書くのが主な仕事なのに、何をそんなに鍛えているのかと思う。
 まあ、そんな所が生徒(特にませた女子生徒)に人気らしく、センセイの授業が終わると教室にある教壇の回りには生徒がたくさん群がるのだ。
 私はそれを、自分の席で眺めている。窓際の一番後ろの席から。
 気に入らない。非常に気に入らない、妬ましい。
 入学した頃は素直で真面目で、センセイたちも安心して見てられるような生徒を演じていた私だけど、この真面目(すがた)では、あの輪に入って女たちを蹴散らせない。
 私だって、お気に入りのセンセイと仲良くしたいのに。
 むすっとしながら眺めているだけでは、青春が過ぎ去ってしまう。
 だから、私は私を脱ぎ捨てた。
 センセイが困るような、どうしても放っておけないような女子生徒に変身したのだ。
 この作戦は大成功だったと思う。
 私の評判は落ちたけれど、結果的にセンセイを独り占めする時間は出来た。満足である。
 この事を伝えたら、センセイは呆れるだろうか。それとも怒るだろうか。
 どちらも相手にするのが面倒なので、真実については卒業式が終わるまで黙っておくことにした。

「薬草すり終わったし、惚れ薬でも作りますかねえ」

「馬鹿野郎。作るのは自白薬だ」

「やだぁあー。間違って飲んだら憤死するやつじゃーん」

 センセイ独り占め計画が。



end

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