お題

□運命なんてそこら中に転がっている
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 茵(しとね)の上に横たわり、天井を見つめる。
 既に日が昇ってから数刻ほど経っているが、蔀(しとみ)も妻戸も閉じたまま。部屋の中は、蔀の隙間から差し込む僅かな光のおかげで、薄い闇に包まれていた。
 この都で、それなりの立ち位置に居る大貴族の姫君と対面してから、部屋に籠もりっきりの生活を続けていた。
 籠もったきっかけは特に無い。
 書物や陰陽道の勉学をしているうちに、自然とこうなっただけだ。
 対面した翌日から、一日も絶やすことなく送られてくる文に辟易したとか、返信が面倒くさいとか、そんな小さな理由ではない。そうだとも、断じてない。

「若様、若様。例の二ノ姫様から手紙が届いてますにゃ」

 締め切った妻戸を開き、この家に仕える猫又が顔を見せる。
 手には、見慣れた文が握られていた。
 妖に狙われ、食われる寸前だったにも関わらず、彼女は元気に毎日の様に文を寄越して来る。
 はじめは、猫を被った丁寧な言葉使いだったが、返信がない事に怒り、今では猫を捨て、直球の言葉ばかりだ。
 猫を被っていた頃の可愛げはどこへやら。
 “二ノ姫”と聞いただけで、眉間にしわが寄る。
 面倒くさい。
 文を拒絶するように、猫又に背を向ける。

「置いといて」

 傍らにある文机を指差す。

「はいにゃ」

 猫又が返事をする声が聞こえ、続けて移動する気配がした。

「(本当に懲りないお姫様だ)」

 そろそろ、返事を送る気がない事に気付いてくれないだろうか。
 猫又に背を向けていた体を、再び天井に向ける。
 それと同時に猫又が蔀を開け放ち、部屋の換気を始めた。
 目が痛むほどの強い光が入る。
 それから逃げるように、掛けていた袿をたくしあげた。

「眩しいよ、猫又……」

「若様!偶には日の光を浴びないと、カビだらけになっちゃいますにゃ!」

 猫又の三角の目が釣り上げられるのが、袿の隙間から見えた。

「最近……口うるさくなったねえ猫又。お前は俺の母上か?」

「母上にゃっ!」

 “えっへん”と、胸を張って答えられても反応に困る。
 確かに、自分が生まれる前からこの家に仕えてくれているが、長生きしてる飼い猫にしか見えない。
 またたびあげたら喜ぶし、その辺に生えてた草を揺らしてやると飛びついて来るし。蹴鞠もするし。
 胸に溜まった息を軽く吐き出し、寝返りをうつ。
 ずっと横になって居たせいか、体中の節々が悲鳴を上げた。

「いい加減起きるか……」

「では、お顔を拭く手拭いと桶を持って来ますにゃっ!」

「水もね」

「わかってますにゃっ!」

 ぴょこぴょこと、二本の黒い尾を揺らして、部屋から出て行く。
 それと入れ替わりで、父が姿を現した。

「飛鳥、居るか?」

「はい。……なんの用ですか?父上」

「話がある。正しなさい」

 父に座るよう促され、蔀から下りて文机の傍らに置いてある円座に腰を下ろす。
 父も適当に置かれていた円座に座り、口を開いた。

「冥府の父上、母上と相談した結果……お前を陰陽寮に出仕させる事となった」

「出仕……ですか……?」

「田舎から戻ったばかりで、まだ都の生活に慣れてないと思うが……。これもまた修行だと思って頑張れ」

 柔らかく笑って父は言うが、乗り気ではないのか目の色が濁っている。
 無理もない。
 父は、ただの人間……特に貴族たちに良い印象を持っていないのだ。
 都を出て田舎で暮らしてたのも、貴族から距離をおきたかったからだ。
 だから、驚いた。
 元服をしても、内裏には出仕せず、冥府の方で働かされると思っていたから。

「元服を終えてから入寮だ。後見役は、二ノ姫の父君が決めてくれるそうだ」

「気前が良いですね」

 率直な気持ちが口から出る。
 父は苦い笑いを見せた。

「繋がりを……持っておきたいんだよ。明日、挨拶をしに伺うから……そのだらけた姿、改めなさいよ」

 話は終わりと父は立ち上がり、部屋を出て行く。
 残されたのは、元服と出仕を言い渡された自分。そして、二ノ姫から届いた文だ。
 二ノ姫の父が、後見人を用意する。
 ただ占いがよく当たると言われる陰陽師の息子の為に。専属の陰陽師という繋がりを絶ちたくない為に、用意させる。

「古狸たちめ……」

 文机に置かれた、二ノ姫からの文を手に取る。
 返信をしないわけにはいかなくなった。





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懐古

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