お題

□そよ風に乗って
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 ◇  ◇  ◇


 春風がそっと私の髪を撫でた。


 ◇  ◇  ◇


 さわさわと吹く風に乗って、桜の花びらが一枚、琴を爪弾く章子の手の甲に舞い落ちる。
 章子は手を止めて、甲に乗った花びらに触れると、花びらは瞬き一つで文に変わる。
 彼女は文にある差出人の名前を見て、クスリと笑みを零した。
 彼らしい手紙の送り方だ。
 文を広げて、中の文を見ると、陰陽寮の帰りに、章子の屋敷に寄ると書いてある。
 表向きは、章子の父に今月行われる宮中の行事についての打ち合わせだが、本当の目的は、章子の部屋の周りにある結界を張り直す為だ。
 章子は、生まれつき鬼に狙われやすい体質で、彼女が生まれた時から、彼の父親が章子を守って来た。
 息子の彼が陰陽寮に入寮すると、その任を息子に譲り渡し、毎月決まった日に彼は屋敷を訪問し、結界を張り直すのだ。
 彼がそれをやるようになってから、今月で三年目。
 二人は十五歳になり、章子は結婚適齢期だが、この体質の為、相手は限られる。
 章子が亡くなるまで、張り直し続けるのは面倒だろうと、父は彼の父親に、章子の夫を彼に指名して来た。
 断る理由も無いので、彼の父は快諾。
 告白などはされてないが、親公認の仲である。
 章子は手紙を物箱に大切にしまい、女房の菖蒲(ショウブ)を呼んだ。

「お呼びですか?姫様」

「あのね菖蒲、今日飛鳥が来るの。それでね、この柄の袿で大丈夫かしら?」

 袿の柄を菖蒲に見せながら言う。
 柄だけでなく色も気になるのか、うーんうーんと、章子は唸る。
 その様子を見ながら、菖蒲は袿の袂で口元を隠し、クスクスと笑った。

「笑い事じゃないわ、菖蒲。久しぶりに飛鳥が通いに来るのよ、粗相のないようにしないきゃ」

 ここ最近は、彼が宮中の行事の準備で忙しく、文をやり取りするだけで、直接会うのは前回の張り直し以来だ。

「はいはい。では、袿から決め直しましょうか。御髪はどうなさいますか?」

「いつも通りでいいわ」

 唐櫃(カラビツ)にしまってある袿を取り出しながら、二人で彼に会う時に着る袿を選ぶ。
 その間も春風は吹いていて、彼女の長く美しい髪を撫でた。
 彼が屋敷を訪ねるまで、あと数刻。




end

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深海に沈んだ星
 

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