お題
□花より君
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ある都にあるビルの屋上のフェンスに立ち、彼は眼下に広がる町を見下ろしていた。
この世に生をうけて、何年になるだろうか。
この墨染の衣を纏ってから、何年になるだろうか。
彼女と引き離されてから、何年になるだろうか。
気が付けば、数えるのも億劫な年数になっていた。
彼……冥府の役人にして、閻魔大王の孫、通名『篁(タカムラ)』は、此処まで歩んで来た道の始まりを思い出していた。
始まりは、平安の都。
父親は閻魔の息子のくせに都に住まい、正妻は持たず、愛人を何人も持っていた
自分は彼の最後の息子として生まれ、貴族の作法を受け、雅楽や書を習い、その身に宿る力を使いこなすため、陰陽寮に入り、陰陽師として生きてきた。
この頃に、生涯唯一愛した女性……彼女と出会った。
もう、あれから何年になるだろうか。
鬼と呼ばれるようになってから、何年になるだろうか。
否、もはや何年という言葉では表せない程に、時は過ぎていた。
時代が変わる所を幾度も見て来た。
人が変わる所を幾度も見て来た。
歴史の流れを感じながら、自分は墨染の衣を纏ったまま、それを傍観していた。
変わらない想いを胸に秘めて、ただ静かに見守っていた。
彼女の魂が繰り返されていくのを、遠くからずっと見守っていた。
「章子(ショウコ)……」
時が流れ過ぎ去って行っても、この気持ちはずっと変わらない。
君が静かに、穏やかに過ごせるように、ずっと見守り続ける。
『ずっと、ずっと、君を守るよ』
あの平安の都で誓った、君との約束だから。
end
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深海に沈んだ星