お題2
□ゆるりとたゆたう君の温もり
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森の中にぽつんと置かれた、四角い形をした岩。
岩肌は薄汚れ、苔に包まれている。
周囲は木々に囲われて昼でも薄暗いその場所に、女が一人、岩に座って木々を見上げていた。
その足下では、最近白狐になった狐がちょこんとお座りの体勢をとり、口を開く。
「まいにち、まいにち、そこでなにをしてるんだ?」
女は微動だにせず、木々を見たままだ。
木の葉が写る瞳は薄紅で、土と似た色をした髪は背中に流れ、時折通り抜ける風に撫でられている。身にまとう着物は、イチョウの葉をつなぎ合わせたような作りをしていた。
袂をよく見ると葉の形になっている。
彼女の着物は、流れていく季節と共に色が変わる事を、白狐は知っていた。
現在の色は黄色だ。次は、茶色。その次は新芽の色で、夏になると深い緑。そしてまた黄色と。
いくつ時を数えても、質問の答えが来る気配はない。
待ちくたびれてしまって、白狐が地面を埋め尽くす黄色の葉を掘り返していると、涼やかな声音が耳に入って来た。
「太陽はいつおちてくるのかしら」
「“ひ”がしずむのは、ゆうこくになってからだぞ」
白狐の物言いに、女は苦笑を浮かべる。
「そうではなくて。……うん……そうね。こう言えばいいかしら。……私の想い人はいつ現れるかしら」
「おねえさん、すきなひとがいるの?」
「いるというより、居たと言った方が正しいわね」
「いまはいないの?」
「そうね。……遠い昔にいなくなってしまった」
そう言って、女は生い茂る葉の先にある空を見る。
空を見ていれば、想いを届けていれば、その人が現れるとでも言うように。
葉を掘り返すのにも飽きた白狐は、後ろ脚に力を入れて女の膝に飛び乗った。
「その“ひと”どんな“ひと”?ていうか“ひと”なの?」
「人間(ひと)かどうかと聞かれると困ってしまうわね」
「じゃあ、あやかしのたぐい?それとも、かみさまかおに?」
質問をたくさん投げつける白狐が可笑しくて、女は声に出して笑った。
細い指で狐の背中を撫でながら、「そうね」と質問の答えを探す。
「人間(ひと)なのか神なのかはわからないけれど。……枯れかけの私に力を分けてくださった、優しい“ひと”だというのは確かね」
あの方がいなかったら、私の身体はとっくの昔に枯れていたから。
岩の背後にある自分の身体に、女は視線を向ける。
その視線を追うようにして、白狐も彼女の身体を見上げた。
幾つもの時を刻んだ大きなイチョウの木が、太く逞しい幹から力強く枝を伸ばしている。
その枝を数多の葉が覆い、緩やかな時間に身を委ねていた。
目の前の木と、膝を貸してくれている女の差に、白狐はうろうろと視線を動かす。
「これがこれ?あれがこれ?これがあれ?あれ?あれー?」
「失礼な狐(こ)ね」
まっ、この反応には慣れてるけど。
会うひと、会うひとから、本来の身体とこの姿に驚かれる。
思えばあのひとも、初めはそんな反応だった。
見た目との差が凄いねと、笑っていた。
目を閉じても開けていても、鮮やかに蘇る優しい思い出。
『でも、俺は結構好きだよ。見た目と中身に差がある人』
君の身体がよくなるまで、ここに通おう。
似たような木が多いから、目印にこの岩を置いてくね。
「今思えば、この岩もどうやって持って来たのかしら」
ぽつりとこぼした呟きは、まだ驚いている白狐の声に流された。
「あれがこれねー」
end