お題2

□願わくば、今一度
1ページ/1ページ



 ◇  ◇  ◇


 願わくば、今一度。


 ◇  ◇  ◇


 闇色に染まった一室に、橙色の明かりが一つ灯される。
 ゆらゆらと揺れる小さな灯火。
 その中で、影が一つ動いた。
 狩衣を着た男の姿。闇に溶け込めるよう、濃い色の生地。どこにでもいる、青年と変わらない。ただの人間と違うのは、背中に羽根がある事だ。
 人一人包み込んでしまうほど大きい、鴉の羽根。
 男は羽根を隠しもせず、閉じたまま下ろされた御簾の傍へ歩み寄った。

「濡れ羽の姫よ」

 御簾の向こうに居る人物に、男は言葉を投げる。
 一呼吸置いて、御簾の向こう側にも火が灯され、女の影が浮かび上がった。

「また、いらしたのですね」

 濡れ羽の姫。
 鴉の羽根と同じ色をした髪と、普段から喪の服装をしている事から、そう呼ばれている。

「あなたの返答次第で、次も来るかどうか決めますよ」

 男の尊大な態度が、言葉の端々から伝わる。
 濡れ羽の姫は気にせず、“そうですか”と静かに返して、身じろいだ。
 ゆっくりと膝を伸ばし、立ち上がる。

「ならばわたくしも、決めなければいけませんね」

「良い返答を期待しています」

 うやうやしく、男は頭を下げた。

「あなたの願いは……」

「姫の持つ、宝を」

 頭を下げたまま、男は答える。
 姫の持つ、宝。
 濡れ羽の姫は、男の言葉を繰り返し、口を閉じる。
 訪れた、ぴりッと引き締まった沈黙の時間。
 重たい空気が部屋を満たし、男の肺に侵入する。
 御簾越しに感じる女の視線と長い沈黙の時間に圧されて、窒息してしまいそうだ。
 押しつぶされまいと、男は床に額を当てたまま、濡れ羽の姫の答えを待つ。
 どれほどの刻が経っただろう。
 男の頬を一粒の汗がこぼれ落ちると同時に、姫が沈黙を破った。

「いいでしょう」

 望んでいた返答がさらりと放たれ、男は目を見開いた。
 ゆっくりと頭を上げ、御簾を見つめる。

「なんと……?」

「宝をあげると言っているのですよ。……鴉玉(カラスダマ)」




未完

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ