お題2
□願わくば、今一度
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◇ ◇ ◇
願わくば、今一度。
◇ ◇ ◇
闇色に染まった一室に、橙色の明かりが一つ灯される。
ゆらゆらと揺れる小さな灯火。
その中で、影が一つ動いた。
狩衣を着た男の姿。闇に溶け込めるよう、濃い色の生地。どこにでもいる、青年と変わらない。ただの人間と違うのは、背中に羽根がある事だ。
人一人包み込んでしまうほど大きい、鴉の羽根。
男は羽根を隠しもせず、閉じたまま下ろされた御簾の傍へ歩み寄った。
「濡れ羽の姫よ」
御簾の向こうに居る人物に、男は言葉を投げる。
一呼吸置いて、御簾の向こう側にも火が灯され、女の影が浮かび上がった。
「また、いらしたのですね」
濡れ羽の姫。
鴉の羽根と同じ色をした髪と、普段から喪の服装をしている事から、そう呼ばれている。
「あなたの返答次第で、次も来るかどうか決めますよ」
男の尊大な態度が、言葉の端々から伝わる。
濡れ羽の姫は気にせず、“そうですか”と静かに返して、身じろいだ。
ゆっくりと膝を伸ばし、立ち上がる。
「ならばわたくしも、決めなければいけませんね」
「良い返答を期待しています」
うやうやしく、男は頭を下げた。
「あなたの願いは……」
「姫の持つ、宝を」
頭を下げたまま、男は答える。
姫の持つ、宝。
濡れ羽の姫は、男の言葉を繰り返し、口を閉じる。
訪れた、ぴりッと引き締まった沈黙の時間。
重たい空気が部屋を満たし、男の肺に侵入する。
御簾越しに感じる女の視線と長い沈黙の時間に圧されて、窒息してしまいそうだ。
押しつぶされまいと、男は床に額を当てたまま、濡れ羽の姫の答えを待つ。
どれほどの刻が経っただろう。
男の頬を一粒の汗がこぼれ落ちると同時に、姫が沈黙を破った。
「いいでしょう」
望んでいた返答がさらりと放たれ、男は目を見開いた。
ゆっくりと頭を上げ、御簾を見つめる。
「なんと……?」
「宝をあげると言っているのですよ。……鴉玉(カラスダマ)」
未完