お題2
□逆襲の玉藻前
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「不思議なものだ……」
長い睫を伏せて、女はふぅと短く息を吐き出す。
魅惑的な胸に、男を誘う腰つき。触れば気持ち良く指に吸い付く、白くて若々しい皮膚。長い髪が艶々と輝いて、鼻腔をくすぐる匂いを放っていた。
ブレザー型の制服に包まれていても、彼女の魅力は隠しきれていない。
この薄暗い倉庫の中も、女が佇めば舞台と化す。
彼女の目の前に居る男は“この状況下”でも、頭をくらくらせずには居られなかった。
白色の尾が4本、男の手足に絡みつき、彼を空中に浮かべている。
1本の尾は彼の首に伸ばされ、尾の先で頬をくすぐっていた。
残された5本の尾は、スカートの下から生やされたまま、ゆらゆらと揺れている。
あのスカートの下に隠された臀部を、自分はよく知っている。
この状況でなければ、今直ぐにでも邪魔な衣服を剥ぎ取って、彼女の肌に埋もれたかった。
頬をくすぐられる感覚が、同時に頭の中もとろとろに溶かされてしまいそうになる。
否。既にそうなっているかもしれない。
四肢を取られても、首を取られても、男は彼女の虜だった。
「不思議なものだ」
同じ言葉を女は繰り返す。
伏せていた瞼を上げ、狐の色をした瞳で男を睨んだ。
男は息を呑む。
女の瞳は、今まで会ってきた中で、初めて見せる色をしていた。
狐の色……!
「不思議なものだ。自分がするのはいいのに、男にされると腹が立つ」
頬を撫でる尾が、一際大きく動かされる。
皮膚がはぎ取られそうになる勢いだ。
女が何を言い、どの事を指しているのか。
男はハッと目を見開き、弛んだ表情が一瞬にして強張った。
「私というものが居ながら、他の女にも手を出すとは……」
それは、ちょっと魔が差してしまっただけだ。
そう言い返したいのに、女の鋭い眼光によって言葉が口の中に押し戻される。
「浮気をする者の気持ちは私もわかっている。違う男、また違う男と遊ぶのは新鮮で楽しいものだ。が、相手がするのは耐えられん。腹立たしい事、腹立たしい事……」
この私が。
長きに渡って、数多の男を虜にして来た私が、まさか浮気されようとは。
築いてきた自身の尊厳に傷が付いた。
「浮気される側の気持ちがようやっとわかった。わかったから、お前にも味わえさせてやろう」
ペロリと唇を舐め、ブレザーの内ポケットから複数の写真を取り出し、床にバラまく。
目の前に居る女と男が絡み合っている写真。
自分だけが知っていると思った、女のあられもない姿。
確かに驚く写真だが、それがどうした。
お互いに浮気をしたのだから、お互い様ではないか。
「これだけだと思ったか?まだあるんだなあーこれが」
軽やかな口調で女は言うと、今度はブレザーの外ポケットから写真を複数枚取り出し、一枚一枚、勿体つけるように床に放った。
「これが、E組のカヨちゃーん。これがB組のミツミちゃーん。一年先輩のユキちゃーん。後輩のナツキちゃーん」
写真の中身を一つ一つ確認していくうちに、男は瞬きをするのを忘れてしまうほど、目を見張る。
写っているものは、女の持つ9本の尾によって乱されている浮気相手たちだった。
かなり激しい行為の数々だ。なのに彼女たちの目は虚ろで、寧ろ悦んでいるように見える。
「バレー部のカナデちゃーん。新体操部のハルミちゃーん。おいおいこんな奴にも手を出したのか?新任教師の湯川先生じゃないか。あっ、こっちは熟女で有名な小梅先生!」
女の声が楽しそうに跳ね上がる。
「(やめてくれー!新任教師はともかく、熟女(小梅先生)は黒歴史なんだー!)」
今思うと、なぜ小梅先生とやったのか。頭を抱えたくなる。
順々に読み上げられていく浮気相手たち。
終盤になり、女の手が止まった。
同時に男もうなだれている顔を上げる。
ちょっと待て。女は余すことなく、浮気相手を読み上げている。
まさか、“あの人”の事も……?
その事に思い当たり、男の表情からざっと血の気が引いた。
女の顔に視線を向ける。
にたりと、彼女の口角がつり上がった。
「本命はこいつだな…………。同じクラスのサッカー部…………」
「やめろ…………!あいつは違う!違うんだ!みんなとは違うんだ!」
「ほう何が違うんだ?同じ浮気相手だろう?」
「いや、だから、その、」
「安心しろ。ちゃんと相手してやったよ、女(みんな)と同じようにな。お前の本命……同じクラスのサッカー部……」
「やめろおおおお!」
写真が床に投げられる。
「小川君だああああああああああああああああああーーーー!」
他の女性たちと同じ目にあっている本命の姿がそこにあった。
終