お題2
□遠花火
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◇ ◇ ◇
『百合姫よ、俺はあの火の花に誓おう』
◇ ◇ ◇
まだ青い部分の残る空に、火の欠片が散らばる。
大きな花のように開いて、一瞬で散って、また次の花が開く。
まるで、季節が巡る度に花開く庭の花々のよう。
燃える花で彩られる空を眺めながら、百合は深く息を吐き出した。
もう何度、一人でこの花火を眺めただろう。
ほんの数年前までは、恋人と呼べる鬼(オトコ)と一緒に見ていたのに。
数年前に鬼と人の争いが始まって続くようになってから、彼はパッタリと来なくなってしまった。
燃えるような赤い髪に、獰猛な光を宿した紫色の瞳。鋭く尖った爪。唇から見え隠れする鋭利な牙。
女物の派手な生地で作られた着流しに巻いた帯には、いつもお酒の入った瓢箪(ひょうたん)をぶら下げていた。
屋敷の縁側にひょっこりと姿を現しては、酒を飲むのに使う杯を用意させ、満足するまで飲んで話をして、さっさと帰る。
初めは、変な鬼(オトコ)だと思っていた。
独り身の女が目の前に居るのに、一切食べようとも傷つけようともせず、ただ酒をあおるだけ。
鬼の筈なのに、鬼のような所業を見せない。
自分に興味がなかったのか、それとも魅力がなかったのか。
ちょっと腹が立ったけれど、気付いたら彼が来るのを楽しみにしている自分がいた。
祖父母と両親を早くに亡くし、使いの者もいない下級貴族の端くれにもなれない落ちこぼれの姫君に、唯一の楽しみを与えてくれたのが彼だった。
「酒呑童子」
墨色に変わって来た空に大輪の火花が咲き、散る。
酒呑童子(シュテンドウジ)。鬼(オトコ)が教えてくれた鬼の名前。
聞けば彼は、近くの山で鬼の頭領をしているそうだ。
再び、大輪の花が咲く。
最後に会った日の去り際、彼は言った。
あの日も花火が咲いていた。
『百合姫よ。俺は、あの火の花に誓おう。次の花火が咲く時に、お前を迎えに来ると』
そう言ったのに、あなたあれから一度も来ないじゃない。
私、嫁入りの支度をして、ずっと待っているのよ。
苦い笑いが唇から零れる。
今年も、自分は嫁に行けそうにない。
再び、深く息を吐いて傍らに置いてあった風呂敷包みに手を伸ばす。
その時、酒と火薬の匂いが鼻を掠めた。
(いらっしゃい)
(待たせたな)