お題2
□その髪先を撫でる
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大きなパラソルが、川のように流れるプールに沿って開く。
その一つを、金髪を二つに分けて結った少女が陣取り、うちわでパタパタと自身を扇いでいた。
「あっぢぃー……」
「あっついですねえ」
少女の呟きに答えるように、真っ黒な毛並みを持った猫が答える。
瞳は、青い空を切り取ったような色をしていて、毛並みに反して涼しげだ。
猫はプールサイドに前足を置き、下半身を流れに任せながらたゆたっていた。
「ミリヤさま。プールに入らないんですか?」
「入ったら、日焼けするでしょ。高いのよ、日焼けクリーム」
目を半眼にし、毒を吐く。
扇ぐ手は止まらず、暑さで流れた汗が頬を伝った。
「じゃあ、なんでプールにきたんですか?」
「バカンスよ、バ・カ・ン・ス」
折角の休み……貴重な夏休みなのに、どこにも行かないのは勿体ない。
持ち前の貧乏性と勿体ない精神で、ミリヤは魔女のローブを脱ぎ、赤い水着と白いパーカーに着替えて、このプールにやって来た。
傍らに置いていた飲み物を一口飲み、ミリヤは口を開く。
「そう言うネタローこそ、猫のクセにプールに入るなんて、どうしちゃったわけ?」
「ぼくは、お水平気な猫ですから」
そう言って、ネタローはバシャバシャとばた足をして、プールの水を弄ぶ。
冷たい飛沫が、水面を舞った。
使い魔な飼い猫がプールではしゃぐ姿を、ミリヤは冷めた目をして見守っていた。
バカンスを味わう為にプールに来てみたはいいけれど、プールに入らない自分はさしてやる事がない。
あるとすれば、売店で買った物を食べるか、こうしてプールの水が流れていく様を眺めるだけだ。
ため息を吐く間に、ネタローがプールサイドに上がって、ぶるぶると身体を震わせる。
彼の飛ばした水滴が飼い主の所まで届いた。
「きゃあ!もうっ、冷たいじゃないネタロー」
「ああ、ごめんなさい」
悪びれた素振りを見せずに答え、最後にもう一度身体を震ってから、飼い主の所へ戻る。
ネタロー用の水を一口飲み、ミリヤの傍らで丸まりながらプールのパンフレットを確認した。
「次は何しましょうか?」
「考えてないわ」
「じゃあ、屋内のプールに行ってみましょう。滑り台もあって楽しそうですよ」
「子供じゃないのよ、わたしは」
「ぼくは子供です。さあさあ、お早くお早く」
せかすネタローを見て、ミリヤは片眉を吊り上げる。
「楽しそうね、ネタロー」
「そりゃあ、お金払って入ってるんですもん。楽しまなきゃ損ですよ!」
ぐっと、前足で拳を作るネタローである。
お金を出したミリヤよりも、元を取り戻そうと全力で遊ぶ彼に、飼い主の性格が見え隠れした。
「(こいつ、わたしよりも貧乏性よね)」
「なにぼけっとしてるんですか。行きますよ」
助走をつけずに、ミリヤの肩に飛び乗り、彼女の顔を覗き込む。
頬を撫でた水に濡れた毛先が、ひんやりとしていた。
ミリヤは目を見開く。
ネタローの背中に手を伸ばし、わしゃわしゃと掻き撫でる。
冷たい。
ミリヤは口元を緩めた。
「なんですか?」
「ううん、なんでもない。じゃあ、行きますか」
「はい!」
毛に温かさが戻るまで、ミリヤはネタローの背を撫でていた。
end