お題2
□舌先三寸の鬼(オトコ)
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煌々と、月の光が地上に降り注ぐ。
多くの人間が深い眠りについたであろう丑の刻に、とある山間部の人気のない村の一角では、松明の灯りが路を照らす。
路に出来た光の中を、黒い影が慌ただしく動いていた。
『三班、南側待機完了』
『二班、西側待機完了!』
『四班、東側待機完了ッス!』
耳に当てたイヤホン型の無線から、部下達の報告が届く。
北側の山に待機していた一班の部下たちは、顔を見合わせてから頷き、この場を率いる上司(おとこ)の顔を見た。
上司の姿は、二十歳にも満たない少年そのものだ。
おそらく、この場に居る中で一番若く……一番性格が熱い。
ざわり。
山から抜けた風が、上司の身を包む墨染色の外套(ガイトウ)を靡かせる。
同じ色をした短めに切られた髪も、風に撫でられるようにして揺れた。
上司は一息吐いてから、腰に差した剣を引き抜く。
月の光に当てられた刃が眩しく煌めき、柄の先に付けられた鈴が短く鳴った。
上司の閉じられていた瞼が開く。
覗いた瞳の色は、血の色を溶かしたような赤だった。
切っ先が、部下達が取り囲む一軒のあばら屋に向けられる。
それと同時に、あばら屋の中に居た者達が蠢いた。
静寂が辺りに戻る。
刹那。
あばら屋の中から、幼い子供と同じ大きさの蜘蛛が噴き出た。
これを待っていたかのように、男が口を開いた。
「四神結界発動!」
『了解ッス!』
東側に待機していた、龍の入れ墨を頬にした少女が言葉を返す。
髪と瞳は青い海の色で、袖なしの忍装束を身に着けていた。
結界が発動し、あばら屋ごと蜘蛛を囲い込む。
蜘蛛は逃げるように空を目指し、結界も後を追うように伸びた。
「ぜってぇ逃がすなよ!」
「棗(ナツメ)親王!」
背後に居た連絡役の部下が、男の名を呼ぶ。
棗は面倒くさそうに口を開いた。
「んだよ!?」
「冥府の閻羅王(エンラオウ)から言伝です!」
「うるせえッ!親父なんか後だ!後!」
閻羅王は閻魔大王の事であり、男の上司かつ父親でもあった。
「緊急を要するそうですが……」
部下が困った表情をして、冥府と地上を結ぶ頭部の骨を見せる。
骨の口には舌の代わりに札が入れられ、喋れるようになっている仕掛けだ。
連絡があれば、骨を通して言葉が伝わると同時に、表情も幾分か変わる。
今の骨は、とても気難しい、皮膚があったら眉間に皺が寄っているであろう、そんな表情をしていた。
頭部を一瞥した棗は忌々しげに舌を打ち、剣を振り上げる。
あばら屋の地中から、黒い炎が燃え上がり、逃げる蜘蛛を瞬く間に包み込んだ。
結界の中に出来た火柱を、部下達は呆然と見上げる。
『じ……地獄の業火……』
待機していた部下の一人が呟いた。
地獄の業火は、地獄の底にあるとされている全てを燃やす炎だ。
扱うのには大量の霊力が必要で、先代の閻魔大王や閻羅王も、滅多に召喚しない。
召喚された事はあるようだが、それは二人がとても怒った時の話だ。仕事中はなかったはずだ。
仕事を済ませた棗は、さっさと踵を返し、冥府に戻った。
「俺たち……」
「どうすりゃあいいの?」
山に居た部下達が顔を見合わせる。
それに答えるように、頭部が口を開いた。
『狩り鬼は後片付けをして、速やかに帰還。四獣は今すぐ戻れ』
「りょ、了解!」
『ハイッスー』
◆ ◆ ◆
冥府に戻った棗を待っていたのは、父と書記官をしている兄。そして、白い狐の耳と尾を持つ少女だった。
「……ダレ、コイツ」
父を見て問う。
「穀物神の御倉だ」
遠い遠い親戚の子だと父は説明する。
棗は目を半眼にして、「へー」と興味無さそうに言葉を返した。
「で?」
「この娘が納める土地で、些か面倒なもんが居座ってるらしい。お前、御倉を送るついでに、ちょっと行って片付けて来い」
間。
「は?」
(未完)