お題2

□仕事中につき
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墨染の鬼
番外編
石蕗の話



「主ー主ー!」

 バタバタと、騒がしい音を立てながら、渡殿を走る小柄な影が見えた。
 走る度に、二つに分けて結われた黒い髪と二本の黒い尾が跳ねる。
 それと同時に、首につけた鈴も揺れ、ちゃらちゃらと音を鳴らした。
 釣殿で釣り糸を垂らし、獲物がかかるのを待っていた石蕗(ツワブキ)は、胸に溜まっていた息を吐き出した。

「騒がしいねえー、月子(ツキコ)。どうしたんだ?」

「暇にゃ!」

 石蕗の後ろで急停止し、釣殿の下にある池を覗き込む。
 ここのお屋敷は、“冥府”の中でも大きな分類に入り、寝殿造の邸宅の前には、庭を埋め尽くすほどの池が広がっていた。
 月子は池から顔を上げ、石蕗を見る。

「釣れるかにゃ?」

「どうだろうねえー。もう三時間も待ちぼうけだ」

 腕を組み、やれやれと首を振る。
 長い待ちぼうけに、月子は飽き始めたらしく、釣殿から足を出し、ぶらぶらと揺らした。

「主は釣り下手なのか?」

「滅多にしないからねー。こういうのは、私よりも棗(ナツメ)の方が得意だよ」

 棗は、石蕗の弟だ。父親譲りの黒髪と赤い瞳、そして積極性。母親譲りの温厚な性格な石蕗とは正反対である。
 父親から譲ったものは、赤い瞳と勤勉な所だろうか。髪の色は母親の薄茶色だ。
 今回の仕事は人選ミスではないかと、割り当て係の父親を疑ってしまう。
 最近、閻魔大王になった父に限って、そんな事はないと思うのだが。

「早く釣れないかにゃあ……カニ」

 ぽつりと、月子は呟く。
 二人が待っているのは、この池に迷い込んだ冥府のカニだ。とても大きく凶暴で、冥府の亡者たちを餌にしている。いわゆる、害獣という奴だ。
 今回、石蕗に討伐の命令が下された。
 そのカニを捕まえるために、糸を垂らして待っている。餌は、阿鼻叫喚にいた亡者だ。

「討伐は苦手なんだよなあ」

「月子がいるから大丈夫にゃ!」

「うん。頼りにしてるよ、月子」

 ぽふぽふと、彼女の頭を叩く。
 小さいけれど、これでも祖父の時代からこの家に使える猫又だ。度胸も自信も実力も、他の使い魔には負けない。
 いざとなれば、腰に差した短刀を使い、持ち前の機動力で敵を切り裂く鬼となる。

「ふはあー。眠い……」

「寝てたんじゃなかったの?」

「まだ眠いにゃ。釣れたら起こしてにゃ」

 そう言って月子は横になり、丸くなる。
 彼女の寝息は直ぐに聞こえてきた。

「いいねえ、猫は気ままで」

「すぅーーーー」

「今、仕事中なんだけどなあ」

 頼りにはなるけれど、ちょっとさぼり癖があるのが玉に瑕。
 釣り糸が揺れたのは、それから一時間ほどしてからだ。

(月子ーーッ!釣れたぞーーッ!)

(んーー……あと一時間……)

(阿呆ーーーーッ!)




end
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