最強夫婦の物語
□第10話:逃れられぬ過去
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「まったく! 一夏の奴は………」
その日、学食にて箒がやけ食いする姿が見られた。
この子がストレスを発散する時は、やけ食いするか竹刀を振るうかのどちらかだ。
それについて別に言う事は無い。だって、他の人に特に迷惑はかかっていないし。………
でもさ、食べた分全部胸に行くってどうよ。|あたしに対して喧嘩売ってんの!?
「しかし、一夏さんは何故剣道を辞めてしまったのでしょうか?」
苦笑いしながらこれまでの流れを見守っていたセシリアが、紅茶を飲みながら尋ねてくる。
元を正せばそこなのよね。まぁ、この中では2番目に付き合いの古いあたしも、そこまで詳しく知ってるわけじゃないんだけど………。
「やっぱり、経済的な問題があったからじゃない? 一夏って両親いないし、千冬さんもアルバイトしながら学費稼いでるらしいし」
「………ああ、前にそう言っていた」
「なら何で納得しないのよ」
「しかし、それなら奨学金があるだろう?」
………そう言えば、そうよね。
あたしは剣道してる一夏は見た事ないけど、剣道部の友達が言うに「すごい腕だった」っていう噂だし、箒自身も「私を凌駕する」って言ってるから、奨学金を取る事自体は難しくないはず。
そもそも、成績だってそこまで悪くないから、奨学金の申請だって問題無いわよね。
「その辺りを追求したが、茶を濁された。今日も問い詰めたらのらりくらりと………」
「………では、他に原因があるのかもしれませんね」
「他の原因?」
ええ、とセシリアが頷く。
………確かにそれしか無いわよね。でも、どんな原因だって言うのよ。
「例えば、剣道をしないのではなく『出来ない』。経済的問題の他にも問題があって、それで剣道が出来なくなった、と」
「経済的なもの以外、か………」
「ええ。………あくまで可能性の話ですが、『試合で怪我をして剣道が出来なくなった』という肉体的な問題や『剣道絡みでトラウマになるような事があった』という精神的な問題」
うーん………確かにあり得る。
アイツ、なんだかんだで自分の問題とかあんまり他人に話さないタイプだし。
ま、とりあえず熱くなってるこっちのに一言言っておくとしよう。
「箒、あんたも少しは落ち着いたら? 一夏にだって事情はあるだろうし、無理矢理問い質すのは良くないわよ」
「………何故だ」
「信じて見守るってのも、また愛なのよ。それに、しつこくしてると嫌われるわよ?」
「………………………………………」
憮然とした顔で立ち上がり、すたすたと食器を持って行ってしまった。
………あれが無ければ、いい奴なんだけど。
「しかし、箒さんにも困ったものですわ。一夏さんの意志を無視しているではありませんか」
「………そこも問題よね」
顔を見合わせ、思わずため息を吐く。
5年前に箒のお姉さん、篠ノ之束さんが起こした事件で篠ノ之一家(束さん除く)は麻帆良から引っ越さざるを得なくなった。
で、当然一夏とも別れざるを得なくなったんだけど………やっぱり箒としては、その頃から一夏に恋してただけあって、その頃の一夏を重要視する傾向がある。
人間、誰だって大きく変化する。あたしは5年前からずっと一夏と一緒だったから、一夏の変化にも違和感を感じる事は無かった。セシリア達は割合最近からの付き合いだし、昔の事になんて引っ張られるはずがない。
だけど、箒は違う。箒が重要視しているのは、昔の『自分と別れる前』の一夏。今の一夏を無視して、昔の一夏ばかりを求めてる。
「一夏さんがその辺りの事情を説明してくれれば、話は早いのですが………」
「それをしないって事は、やっぱり何かあるって事よね」
そもそも、それを話しても箒が止まるかが謎だけど。
一夏、いい加減あんたもあたし達を頼るって事を考えなさいよ。いつまでも、あんたが守ってばっかじゃないんだからさ。