最強夫婦の物語

□第1話:バカップルのいる日常
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「んっ………」




微かなうめき声を上げて、女が身を起こした。


耳を澄ませば、外からは小鳥のさえずりが聞こえてくる。


カーテンで閉ざされた窓からは光が差し込んでおり、既に朝を迎えているのだと分かる。




「…………………………」




布団の上の枕の数は2つ。


本来、自分の横にあるべき姿が無いのに気づき、女はむっとしたような顔になる。


そしてそのまま飛び起きると、襖を開け放ち、怒声を放った。




「! 何で妾より先に起きておるのじゃ!!」




その声に呼ばれ、台所の方から1人の少年がとてとてと歩いてくる。


15歳ぐらいだろうか。体格は150cmにも満たないほど小柄で、やや赤みがかった茶髪が特徴的だ。


現在はエプロンを身につけ、手にはフライ返しが握られている。




「君が起きないからでしょ? ほんとは今日、君が当番なのにさ」


「む、それは………まぁ、確かに妾が悪いのかもしれんが………」




しゅん、となる女性。と、少年は女性の様子に眉を顰める。




「………落ち込む前に服着てよ」




少年の指摘通り、女性は現在何も身につけていない。つまり、全裸だ。


ゆったりとした黒髪が背中を隠してはいるものの、前からは全部丸見え………少年の位置からは何もかも見えている。


それに気づいた女性は、にやりと蠱惑的な表情を浮かべ、少年へと縋るように近寄る。




「ほぅ? どうした、興奮しておるのか?」




そう言い、ぎゅっと腕に抱きつく。


豊かな双丘の柔らかさが直に伝わるよう、わざと。


そしてそのまま、少年の下半身へと手を這わせようとして………手をはたかれた。




「バカ言わないの。何年君と夫婦やってるのさ。………もうすぐ出来るから、服着てきてよ」


「………なんじゃ、つまらん」




そう言い、ぷいっと寝室の方へと戻り、折りたたんであった衣服に袖を通し始める。


数分後、テーブルには向かい合って座る2人の姿があった。その前にはフレンチトーストと牛乳が置かれているが、女性は苦い顔をしていた。




「妾は「ふれんちとぉすと」は好かんのじゃが………」


「好き嫌い言わない。この前のお店で食べたやつより、君の口に合うよう改良したから」


「むぅ」




そう言われ、フォークとナイフで一口大に切り分け、口へと運ぶ女性。




「………悪くない」




その一言が女性の口からこぼれ、少年は満足そうな表情を浮かべ、牛乳を飲む。


そこからは楽しい朝食の時間………と言いたいところだったのだが、少年の口から出てきたのは物騒な話題だった。




「西の方が騒がしくなってきてる」


「西じゃと? ………やはりあの若造では下を抑えきれんかったか」




苦々しい顔でそう言い放つ女性。その様子からは「若造」を嫌っている節が見て取れる。


まぁ、嫌うのは当然だ。20年前、最愛の夫をバッサリと斬り伏せてくれた恨みがある。




「土御門から『手を貸してくれ』だってさ」


「放っておけばよかろう。元々はあやつらの蒔いた種じゃ」


「そりゃそうだけどさ。下手したら、巻き込まれるのは妖達でしょ?」


「………むぅ」




17年前の事件も、結局は何の意味も持たなかった。


どちらにせよ、少年も女性も京の都に今更興味は持っていないため、そこまで積極的になる必要は無いのだが。


………まぁ、気になるものと言えば、今も京の都に住まう同胞達の事くらいだろう。




「どちらにせよ4月末には修学旅行があるわけだし、顔出し程度には行ってくるよ」


「妾も行くぞ」


「………本気?」


「妾がいなくてどうするのじゃ。元々、京は妾の縄張りじゃ」




えへん、と胸を張る女性に、少年は微妙な顔をした。


と、そんな事をしている内に、時間は過ぎている。食事を終えた少年が立ち上がると、側にかけてあった上着を羽織る。


女性はそんな少年に抱きつくと、唇を奪う。


数秒間の接触の後、頬を微かに染めたまま、女性が少年から離れる。




「それじゃ、行ってくる」


「うむ。気をつけての」




―――神崎玖楼と神崎瑪瑙。


麻帆良でも1,2を争うバカップル夫婦として有名な彼らだが、これまでの会話から分かるように普通の人間ではない。


否、そもそも人間ですらない。彼らは1000年以上を生きる人外の存在なのだから。
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