□私を忘れないで
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私を忘れないで














「何でいるんだよ…」花見をしようと桃太郎を連れて店を出て来た白澤が不機嫌にそう零す。すると元凶である鬼神は馬鹿にしたようにせせら笑った。
「部下達が花見をしたいと言ってきたのですよ。貴方にはきちんと文書を送ったはずですが?あぁとうとうボケが」
「違うに決まってるだろ!文書は見たけど、そんなもん地獄でやれよな!」横にいる桃太郎がハラハラと二人を見比べているが、どちらもお構いなしである。因みに鬼灯の部下達は大多数がへべれけか、既に意識が無い。
「相変わらず馬鹿ですねえ。地獄では桜なんておどろおどろしいだけでしょう。血桜なんてもんじゃありませんし。亡者の断末魔を聞きながらのんびり花見なんてできません」酒のおかげか上機嫌に見える鬼灯に、白澤は不平を言うのを止める。と、徐に鬼灯と同じ木の反対側に座り、同じ様に呑み始めた。
「我々がいるのが気に入らなかったのでは?」視線を合わせないまま桜の木越しに鬼灯が言うと、今度は白澤が笑いながら言った。
「綺麗なものを前に喧嘩するっていうのは野暮じゃない?」
「…確かに」返って来た言葉も笑いが混じっていて、白澤は鬼灯も同じ気持ちなのだと嬉しく思う。辺りは穏やかな空気に包まれていた。


ふいに、鬼灯が呟いた。
「そういえば、桜の花言葉には『私を忘れないで』というのが有りましたね」
「…そうだね」ゆっくりと酒を含みながら相槌を打つ。
「…僕は今日のこと忘れ無いと思うよ」お前のこともね、と言うと、鬼灯が息をのむ気配がした。ややあって返った言葉に、白澤は微笑む。
「…私もですよ」



それは春の麗らかな日。







Fin.
 

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