白雪姫の白昼夢

□伍
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編み物の途中、彼が来た気がして窓を開けた。
すると、やはりそこには彼が居た。
いつもの笑顔を浮かべている。


『どうぞ、入って下さいな』


あらかじめ用意していたスケッチブックを見せれば、彼は何やら言った。
何を言ったかは聞こえないが、多分、ありがとう、と言ったんだろう。
いつも手ぶらなのに、今日は何か小さな包みを持っている。
内心首を傾げながらスケッチブックを渡すと、彼はさらさらとスケッチブックに書いた。


『昨日の約束通り、魔法の薬を持って来たよ』 


茶目っ気溢れる彼は、包みを少し上げて見せた。
あぁ、それでか。
相変わらず、悪戯っぽくて可愛い。
そう思って微笑みながら、その包みを受け取る。
開けるように促され、素直に従い包みを開けると、小指ほどの小さな瓶に一粒の金平糖が入っていた。
随分と可愛いお薬だった。


『可愛い』
『でも、効果はバツグンだよ。
 ボクの手作りだもん』


それが本当なら、白澤さんはかなり器用だ。


『さ、食べて食べて』
『でも、なんだか勿体ない』


いいから!と促され、わたしは可愛い金平糖に未練を感じながらそれを口に放り込んだ。
じわり、と甘みが広がる。
控えめな甘さが舌に優しくて、おいしい。


「宵ちゃん」


ふるり、と耳の奥が震えた。
目を見開く。
耳を抑えて、白澤さんを見ると、彼は優しく笑っていた。
幻聴とは、耳が聞こえなくても起こりうることなのだろうか。


「宵ちゃん」


再び、白澤さんの声らしきものが聞こえた気がした。
彼の唇の動きに合わせて、鼓膜が震える。


「宵ちゃん、聞こえる?
 僕、今喋っているよ」


なんて都合のいい幻聴だろうか。
落ち着いた優しい声は彼に似合いだ。
こんなの、都合のいい妄想だ。
わたしは曖昧に微笑む。
白澤さんはむぅと頬を膨らませたかと思うと、何を思ったかわたしの耳元に唇を寄せた。
ふぅと息を吹きかけられる。
擽ったい感覚と、ごぉっと耳の穴を風が通る音がした。


「どう?
 魔法の薬は凄いでしょう」


そう言って笑う彼。
まさか、嘘だ。
スケッチブックで彼に尋ねようと思い、手に取ろうとしたところ、彼に遠ざけられた。


「喋ってみて」


彼は何を言うのか。
困った顔をしても、彼は微笑んだままだった。
仕方なしに私は口を開いた。


「あ」


いま、喉が…。


「はく…たく、さん」


震える声で彼の名を呼ぶ。
彼はパッと顔を輝かせた。


「わ、たし…いま、喋っていますか…?」
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