白雪姫の白昼夢

□伍
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わたしは、生まれた頃から聴覚がなかった。
最初は拙い言葉ながらに声を発せたのだが、年々その声さえも掻き消えて行った。
更にわたしは身体も弱く、ほとんどの生活を病院で送って来た。
寂しさはなかった。
家族は毎日わたしを見舞いに来てくれたし、気遣ってくれた。
不自由ながらも、身体の調子が良い日は自由に歩き回れたし。
唯一つ、何度も医者に見放されて病院に居られなくなるたびに転院を繰り返し、勿論学校にも行けなかったので、友人らしい友人が一人もできないことが悩みだった。


15になった年、よいお医者さまと出会った。
善人という言葉が相応しい、若い先生だった。
先生は『あなたが死ぬまで手を尽くしましょう』とおっしゃった。
なまじっか権威のある医者は、自らから死者を生み出すことを恐れてわたしを敬遠したが、駆け出しだが人情に厚いこの先生はそうではなく、わたしは勿論家族も先生を重宝した。

そして、17。
先生はおっしゃった。


『今のままでは、持って精々半年です』


空気の綺麗なところに移ったほうが、まだ見込みがある。
先生、両親と相談して、わたし独りで田舎に移り住むことになった。
弟は泣いてわたしを困らせたが、それでもわたしはやって来た。
そして…出会ったのだ。


切れ長の瞳と薄い唇。
紅く彩られた目元、片耳にぶらさがった耳飾り。
すらりと高い背に、細身ながらもしっかりした身体。
中国風の服装、豊富な知識。
名前は、白澤さん。
白澤と言えば、いつか本で読んだ中国の伝説上の生き物を思い浮かべられ、恐らく偽名だろうなぁ、と考えている。
だけれど、彼は一週間に一度必ずわたしを訪ねて来た。
飽きることなくせっせと。
わたしとの約束を破ったところで、誰に責められることもないのに。
わたしより年上のようだったが、初めての友達だった。


彼の存在がどれだけわたしを元気付けてくれただろうか。
事実、偶然かもしれないが、彼が訪ねて来てくれた日はどれも調子が良かった。
だが、確かに病はわたしを蝕んで行った。
そして、ついに先生は言った。


『もう、どうにもならない』


そう言われて、一番初めに思い浮かんだのは白澤さんの存在だった。
彼は楽しい人だから、他にも仲のいい人はたくさんいるだろうけれど…、そんな彼に忘れられてしまうのが怖かった。
そこで、前々から興味があった編み物をすることにした。
出来るだけ、手間がかかるものがいい。
そうして費やした分の想いが、彼に残れば。
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