Y×O

□昼食
1ページ/1ページ



「えーと、買い忘れは無いよな?」

両手にスーパーの袋を下げて頭の中の買い物リストを浮かべながら歩く法介。昼食の買い出しの帰りである。
成歩堂のリクエストでカレーライスを作る事になり、材料を買いに出ていたのだ。

「あれ?」

某牛丼屋の前を通りかかった法介は足を止めた。最近になって随分見慣れた人影が目に入ったからだ。

「ユガミ検事?」
「あ?なんだ泥の字か」

振り返った迅は、法介の姿に笑った。

「…ヘッ。どこの主婦だ?弁護士先生よぉ」
「誰が主婦ですか誰が。昼飯の買い出しの帰りなだけです。ユガミ検事こそ牛丼屋の前で何してるんです?」
「昔は無かった飯屋だと思って見てただけだぜ」

そこは二、三年前に急成長したチェーン店なのだが、七年の投獄生活から解放されたばかりの迅には寝耳に水らしい。
この店、旨いのか?と訊ねてきた迅に、法介は全く別の返答をした。

「あの、カレーでよかったら食べますか?」
「あァ?」
「今から事務所に戻って作るんです、カレー」
「…お前が作るのか?」

そりゃ面白そうだ。と笑みを見せる迅。法介は普通のカレーですよ?と返し、二人は並んで歩き出した。

「貸せ」
「あっ」

迅がひょいっと法介の手の買い物袋を奪う。そっちも寄越せと手を出してくる迅に、法介は首を横に振った。

「いいですよ、女の子じゃあるまいし」
「ちっせえからなァ、お前」
「ち、小さくないです!みぬきちゃんよりは大きいですよ!」
「…言ってて悲しくねぇか?」
「……めちゃくちゃ悲しいです」

ガックリ肩を落とす法介に、迅は豪快に笑った。

「やっぱり面白れぇな、お前」
「嬉しくないです…」

そんなやりとりをしているうちに事務所に到着し、法介はただいまーと告げながら中に入ったのだが。

「あれ?成歩堂さん?」

ガランとした室内には人の気配がない。キョロキョロと室内を見渡した法介は、テーブルの上に置かれたメモに気付いた。

「「御剣にランチに誘われたからみぬきと一緒に出掛けてくる。カレーは夜食べるからヨロシク…か」」
「何だ、成歩堂親子はいねえのか?」
「みたいですね」
「ココネはどうした?」
「えっと、確か森澄さんと出掛けるって」
「んじゃあお前さん一人で留守番か?」
「みたいですね」
「そりゃ寂しいモンだなぁ」
「ホントですね…」

そうは言ってもここの人間は皆、基本的に自由というかフリーダムなので法介もすっかり馴れている。
まあいいや、と呟いた法介はエプロンを身につけた。

「座ってゆっくりしててください。今作りますから」
「…手伝うか?」
「え?ユガミ検事、料理出来るんですか?」
「ムショに入る前は独り暮らししてたからな。少しはやれるぜ」
「じゃあ人参とジャガイモ洗って皮剥いてもらえますか?俺米研ぐんで」
「ああ、いいぜ」

迅は上着を脱いでソファの背もたれに引っ掛け、法介の隣に立った。
シャカシャカと慣れた手付きで米を研ぐ法介に、自然と漏れたのは関心の声だ。

「随分と手際がいいな」
「自然と身に付いちゃったんです。成歩堂さんが全然やらないから」

よいしょ、と炊飯器に米をセットした法介は迅が皮を剥いた人参をトントンと切っていく。
それを横目にジャガイモの皮に取りかかった迅だったが…。

「っ、」
「ちょ、ユガミ検事?大丈夫ですか?」
「何ともねぇよ。ちょっと滑っただけだ」
「でも血が…」

迅の左手の親指の先には、ほんの少し血が滲んでいた。

「舐めときゃ治んだろ」
「あっ、ダメですよ消毒しなきゃ」

パタパタと駆けていった法介が救急箱を手に戻ってくる。手貸してくださいと催促されて、迅は渋々差し出した。

「大げさだな」
「何言ってるんですか。こういう小さい怪我を甘くみちゃ危ないんですよ?」

しょうがないなと呟き、消毒を施す法介。手当てに専念していた法介は、迅の視線が自分に注がれている事には全く気付かなかった。

身長差から法介を見下ろす形になる迅は、ピョコピョコと揺れる尖った前髪に興味津々である。
こんな風に尖らせるにはガッチリ固める必要がありそうだが、法介の動きに合わせて揺れる動作はしなやかだし、案外柔らかいのかもしれない。
だがそうなると、どうやってこんなに尖っているのかが疑問である。

好奇心に駆られた迅は手当てを受けているのとは反対の手を伸ばし、そっと前髪に触れた。

わけではなく、おもむろにガシッと掴んだ。

「うわっ!?何するんですか!」
「いや、どうなってんのか思ってな」
「止めてくださいよ!苦労してセットしてるのに!」

手首を掴まれて渋々前髪を離した迅はプンプンする法介なぞ意に介さず、下ろすとどうなるんだ?と訊ねてきた。

「どうって普通にこう、前髪が長めに垂れてるみたいな感じになりますけど?」
「へぇ…。ならセットした方がいいな」
「え?」

どうしてですか?と聞こうとして口を開いた法介は、そのまま固まった。突然腰に腕を回されて、額をペロリと舐められたからだ。

何が起きたのか把握出来ない法介と視線がぶつかり、迅はニヤリと笑った。

「この方が悪戯しやすいからに決まってらぁ」
「な、な…、何す…っ」

ようやく何をされたのか理解した法介が一瞬で真っ赤になる。その反応がまた愉快で、迅は笑みを深くした。

「せ、セクハラですよこれ!」
「ああ?デコ丸出しにしてるお前が悪いんだろーが」

もっとしてやろうか?と告げた迅があろうことか顔を寄せてきて、仰け反る法介。後ろはシンクだし腰を抱かれているしで逃げ場は無い。

もしかして自分は今ピンチなのかと、今更冷や汗を流す法介だった…。





カレー作りはどうしたのやら。←
2013.8.13

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ