人魚恋捕物帳

□其の参
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『イタク』



天馬と淡島が自分達の話をしてるなんて知らない二人、話の中心にいる香撫は同じように話の中心にいるイタクに話しかけた手には[泡姫]と書かれた酒瓶を持っていたもう片方の手には盃がありイタクはそれに眉を寄せた




「・・・盃は交わさんぞ」



『違う違う、付き合えよ酒飲むくらい構わないだろ?』



「・・・ああ」



満開の桜が見える丘に腰を下ろし桜を眺めながら花見酒とはいいもんだなと酒瓶をイタクに突き出して注いでやろうと行動で表しイタクはそれに盃を差し出した



『久しいな、酒を飲むのは』



「どのくらいぶりだ?」



『実に四百年ぶりだ、妖怪になる前はよく飲んだんだがな』



「妖怪になる前?」



イタクは口にした盃の酒を飲む前に盃から口を離した妖怪になる前、それは即ちその前は違う者だったと言う意味香撫は盃の中身を一気に流し込めば一息ついて月を眺めた。



『昔話でもしようかな、聞いてくれるかい?』



「・・・ああ」



それは酒の肴にはちと辛い話



『昔の話、東京がまだ江戸だった頃の話でね・・・人間だった頃のあたしは一生を誓った男が居た。』



もう顔も覚えてないけどと付け加えたその顔は酷く悲しげだった、四百年その長い時間が大切な思い出さえ薄れさせてしまっていた



『けどね、一緒にはなれなかった』



「何故だ?」



『殺されちまったんだ・・・自惚れじゃない、ある金持ちの男に惚れられてね何度断ってもしつこく付きまとっては金を積まれた』



「・・・」



『そんなある晩あたしは親類の家に呼ばれて留守にしてたんだ次の日家に帰ってみれば賊の侵入で親兄弟は死んでしまった、肩を落として泣き叫ぶあたしに男の友人が声をかけてきたんだ』



川原でアイツの死体があがった。こんな時に気の毒だがアイツに会ってはくれないか・・・目の前が真っ暗になっただろう冷たくなった最愛の人骨も残らなかった家族でもそれだけじゃなかった。



『そんなあたしに腕を広げて言ったんだ』



〈最初からワシと夫婦になっておれば散らぬ命だったのに〉



『そりゃもう驚いた、驚いて金持ち恨むより先に己を恨んであたしは金持ちに言ったんだ』



〈あたしはお前と夫婦になんてならない、お前がこの先あたしの大切な者を奪うと言うなら・・・〉



『お前を恨んで死んで死ぬより辛い目に合わせてやる』



そして海に身投げした、深い海に沈む中金持ちへの恨みつらみを抱えたまま死んだ女は人魚になった。何故人魚になったかはそれすらも分からない気が付けば妖怪に身を落としていたのだ



『恋した王子と報われない恋をして泡となり消えた人魚なんてあたしはそんな綺麗な人魚じゃない』



恨んで、憎んで妖怪になった哀れな女そんな女が何故自分にこんな話をするのかイタクは分かっていた女が、香撫が欲しい答えも



「俺は受け入れる、汚い部分は人間なら皆持ってるそれが生きるって事で人生だ。後な俺は人間みたいに貧弱じゃないしお前の昔話聞いても引いたりしない上等だそれくらいでちょうどいい」



イタクの言葉に香撫は目を見張った何でもお見通しなんだなと息を漏ら香撫にイタクは付け足した



「それにな、俺は死なない、お前を置いて・・・殺されもしない、だから」



−だから我慢すんな−



『っ、馬鹿な男だな・・・こんな女受け入れて、そんな事を言うなんてっ』



溢れた涙は盃に落ちて酒に波紋を呼ぶ何度も何度もいくつもいくつも、その盃をイタクは横取り中の酒を飲みほした



「涙は全部飲み込んでやる、今はただ泣けお前のことだ四百年泣いてねーんどろ?」



『本当、何でもお見通しだなっ』



「お前は分かりやすいんだよ」



(三ヶ月、ただ一緒にいただけなら分からないこも知れないでも知ってんだずっと見てたからお前だけ見てたから俺にはお見通しなんだ。)



心の声なんて聞こえないそれでも優しさは伝わるわんわんと声を上げて泣く香撫を抱き寄せて背中を撫でて宥めるイタクの顔はどこか悩みが消えたように見えた。



 
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