■花宵■

□誰にも言えない
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― 俺には誰にも言えない隠し事があるのだ ―

はぁ…

寒さも温んできた3月半ば、廊下に佇み春らしさを増す庭を見つめ、深い溜め息をつく斎藤。

はぁ…

誰にも見咎められずに溜め息をこぼし続けること半時。
ついに何かを決意したようにゆるりと踵を返し、自室へと戻った。

「千鶴…居るか?」

無人の筈の副長室前で声を掛けると、微かな返事。
『はい!』
障子戸を引き中を窺うと、千鶴の定位置となった文机上で墨をする姿があった。
「あんたに、頼みがある」
『え?』
小さな役立たず小鬼な自分に、斎藤さんが何を頼むというのか…
「聞いてくれるか」
『はい、私に出来ることなら』
「あんたにしか出来ぬことだ」
いつも頼もしい、土方さんの片腕。あの斎藤さんがここまで言って下さるなんて。
嬉しくて満面の笑みになり、文机の端に正座して斎藤を見つめる。
目線を合わすように屈んだ斎藤の武骨な手がのびてきた。

「頼む、見せてくれ」
千鶴の襟元を指で摘まむ斎藤。
そのまま押し開かれ、帯まで引っ張られた時、ようやく千鶴の硬直が解けた。
『きゃあぁぁぁぁ!やめてくださいっ!』
小さいながら、精一杯の声で叫ぶ。
「千鶴…頼む、この通りだ」
千鶴の悲鳴に手を離したかと思うと、斎藤はいきなり頭を深く下げた。
『で、で、でもでも、な、何を見…』
「これだ」

白地に梅の春らしい柄の振り袖を懐から取りだす。
「頼む。あんたしかこれを着てみせてくれる者は居ないのだ。」

暫しの沈黙のあと、ようやく千鶴は失っていた声を取り戻した。
『これ、て言うか…あの、前からお聞きしたかったんですが、斎藤さんの用意して下さった着物って、何処から…?』

「…………」
『斎藤さん?』
「あんたが今着てる物は以前に作ったものだ」
『斎 藤 さ ん が?』
「ああ……そしてこれがこの春あんたに見立てて作ったものだ。頼む、着て見せてくれ」

『解りました。後ろ向いてて下さいね』

振り袖に着替えて、なんとなし嬉しくなり文机の上でくるくる回って見せる千鶴に、感無量といった顔の斎藤。
今後の為にと、千鶴の寸法を計っている背後に、土方の黒いオーラを感じるまでは、極楽気分であった。

>うちの斎藤さんは、ぬいぬいが趣味なの。


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