anniversary☆book
□季節は、春。
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両親を事故で亡くして天涯孤独になった俺が中在家の家に拾われたのは15の頃。中在家って言えばこの辺でも有名な大地主で、何で俺なんか引き取ってくれたんだろうと思ってたら、その当時の中在家家当主が俺の親と知り合いだったらしい。何でこんな爺さんと俺の親が知り合いなのか疑問だったが、高校・大学まで行かせてくれた人に今は恩意外何も感じない。すっげー仏頂面のくせして、俺のこと色々と気がけてくれて……。だから少しでも恩を返すべく、俺は中在家家の執事になった。当主本人からは「迷惑だ」って言われたけど、俺にはこれくらいのことでしか恩を返せないし。
ああ、長い前置きになってしまったがこれから語るのは俺と当主の話ではなくて……
俺『潮江文次郎』と、当主が目に入れても痛くないほど可愛がっている孫、『中在家長次』の話だ。
長次と初めて会ったのは、俺が中在家の家に拾われて数日たった後のこと。
「文次郎。私の孫の長次だ。暫くこの家で預かることになったから、遊び相手になってくれ。」
当主の隣に大人しく座り、自分を見上げる子供。ガキのくせして憂いた目をしていて、祖父と同じく無表情。だから、余計に「構ってあげなくては」と思ってしまったのかもしれない。
「俺、文次郎って言うんだ。長次…………で良いんだよな?」
「…………………………。」
「あ、お菓子!お菓子食うか?すっげぇ美味いんだぞ!」
「…………………………。」
「………………………………どうしろってんだよぉ〜…………。」
何を話しても無反応な子供に途方にくれ、ガクッと項垂れる。子供に嫌われるほど自分は酷い顔をしているのだろうか。思わず鏡を覗き込んでいたその時。
「…………苦戦しているみたいだな。」
爺さん(当主、とかご主人て呼ぶなって言われた)が、部屋に入って来た。その瞬間、今まで無反応だった長次がパッと顔を上げ爺さんに駆け寄っていく。爺さんの着流しの裾を握って隠れる長次に俺はショックを受けた。多少寝不足で隈があるものの、あの仏頂面に負けるとは……!
「長次、まち子さん(家政婦)と庭に水やりしてきてくれるか?」
長次の頭を撫でる爺さんは珍しく微笑んでいて、長次もコクコク頷いて外へと駆けていく。その小さな背中を見つめながら爺さんがポツリと語り出した。雰囲気的に深刻な内容なのだと察し、姿勢を正す。
「…………長次は、両親に好かれておらん。特に、父親にはな。」
「…………………………え?」
「……私の息子になるのだが……、見ての通り仏頂面で無愛想なのでな……自分の子供にさえ、どう接して良いのか分からなかった。少しも自分を知ろうとしない私に反抗心を抱くようになったのだろうな、息子は私の後を継ぐこともなく会社を興したんだ。」
相変わらず無表情だけどいつもより口数の多い爺さんは、どこか悔いるように話を続ける。
「…………その数年後、息子は二人の子供をもうけた。それが長次と、長次より3つ上の兄・長太郎だ。息子は自分が与えられなかった分の愛情を長男に注いだ。」
「え、長男、だけ?長次は…………!?」
「お前も、長次を見て思った筈だ。…………私に、そっくりだろう?…………そんな長次に愛情よりも嫌悪を感じたのか、蔑ろにされ育ってきたらしい…………。」
俺は絶句するしかなかった。俺は両親はもういないが、少なからず愛されてたと思う。一緒に遊んで笑って、たまに叱られたり…………。なのに、長次はそれすら与えられなかったというのか?自分と違い、まだ両親が健在だというのに!
「もう少し、早く気づいてやるべきだった。幼い長次でも、さすがに自分が愛されていないのだと分かったのだろう……。今は心を閉ざし、声すら出せん。」
精神的なものらしいがな。と呟かれる言葉に、胸がギュウッと絞られる感じがする。ここに来て長次が一言も話さなかったのはそのためか。きっと、話せないながらも俺の様子を窺ってたんだ。どうしたら嫌われず、迷惑をかけないかと…………。
「…………お前なら、長次を助けられると思ったのだ。」
「………………え。」
「初めて見たときから、両親の愛情を受けて育ってきたのだと分かったからな……。そんなお前なら……長次に、愛情というものを教えてやれるだろうと……。」
俺は間髪いれず頷いていた。あんなに小さい子どもが愛されてはいけないはずがないのだ。父親がわりとはいかなくとも、せめて兄のような存在になれたなら。考えるよりも先に走り出していた俺は、一目散に庭へと向かった。
「長次ーーーーっ!!」
「…………?」
自分の所へと駆けてくる俺に、長次は目をしばたたかせた。
「水やり、終わったな?じゃあ俺と遊ぼう!」
有無を言わせず肩車され、いきなり視界が高くなった長次が息をのむ。戸惑っている長次を肩に乗せたまま、無駄に広い庭をゆっくり歩く。
「どうだー?すげーだろ、庭が一望できて!」
言われて周りを見渡す長次が頷く。肩車なんて初めてされたのだろう、ギュッと頭にしがみつく小さい手に愛しさが込み上げる。
「してほしかったら、いつでも肩車してやるからな!他にも、いろんな遊びもしような!長次がしたいこと、全部やってやるから。」
「…………。」
遠慮するように首をふる長次を見上げ、ニッと笑う。
「遠慮すんな!俺たち家族みたいなモンだし、俺は長次が大好きだから一緒に遊びてぇ。」
「…………!」
「…………ここの人達は、みんな長次が好きなんだよ。爺さんも、まち子さんも、俺も。だから、いっぱいワガママ言って良いんだ。大声で笑っても良いんだよ。悲しかったら泣いたっていい。俺が傍にいてやるから!」
「……………………っ。」
ポタポタと暖かい雫が落ちてきて、雨かと思ったら長次の涙だった。我慢しようとしてるのか眉間に皺が寄っている。それでも、一度溢れだした涙はどうやっても止まることはない。
「…………………………いいぜ、泣けよ。誰も見てねぇし、俺も笑ったりなんかしねぇよ。」
いままで我慢してた寂しさを全て洗い流すかのように、長次の涙はいつまでも止まることはなく……。俺はただ、長次の小さな頭を撫でてやることしか出来なかった。
次の日
「おにぃ、ちゃん…………!」
「長次……、お前…………声が……!」
朝御飯のあと、俺の部屋におずおずと入って来た長次が、小さい声だったけど確かに俺を「おにいちゃん」って呼んだ。それだけでも驚きだったのに長次は俺の手を握って言ったのだ。
「おにいちゃん、かたぐるま、して……?」
自分からお願い事をするのは初めてだったのか、ひどく不安そうにしている長次に大きく頷いた。
「ありがと…………おにいちゃん。」
ふにゃりと笑う長次に、俺の胸がキュウンと締め付けられる。ショタコンな同級生をバカにしていたが、今はその気持ちが分からんくもない。
「あー、俺、長次が誰かと結婚するってなるとマジ死ぬかも。」
子離れできない親の気持ちが分かるきがする。できたら、ずっと俺の傍にいてくれたら、なんてな。
「……じゃあ、ぼく……おにいちゃんの……およめさんに、なる。」
「えっ!?……あ、でも…………そっか。…………ありがとな。」
男同士じゃ結婚できないんだぜ。なんて言葉は今は飲み込んでおくことにした。長次に理解できないだろうし、わざわざ否定して悲しませることもない。だって、こんなに幸せそうに笑っているのに。
花咲き誇る、季節は春。それは俺、潮江文次郎15歳、中在家長次5歳の頃の出来事だった。