NOVEL

□あさがおぐみっ!
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桜舞い散る4月。
某県某所にある大川保育園に、新しい先生が赴任した。


さすが女性に人気な職業なだけあって赴任してきた5人のうち4人は女性で、早くも園児たちと打ち解け始めている。これだけ馴染むのが早ければ大丈夫、3月で辞めていった先生達の穴を埋めることができるだろう。先輩の保育士たちは安堵のため息をはいた。









しかしそれは、一人の先生を除いて………の話だが。



5人のうちの1人。この保育園では初の男の保育士。なぜ面接に通ったのだろうと疑問を持たざるをえないほど無表情の仏頂面。しかもその両頬にはうっすらとだが大きな傷痕が残っている。そして、そのガッシリとした体格からか放たれる威圧感が半端無い。そのせいで園児から怖がられて全然馴染めていないし、同期の保育士たちからも心なしか距離を取られていた。



そんな彼の名前は中在家長次。これでも大の子供好きで趣味は料理や読書といった全くもって無害な男なのである。その外見から誤解を受けやすいのだが…………。









新人といっても 保育士は保育士。きちんと各組に振り分けられ、ベテランの先輩たちに教えてもらいながら仕事をこなしていかなければならない。一クラスの人数はだいたい20人前後といったところか。
当の長次は年長組のあさがお組に振り分けられた。


(朝顔は、好きだ……。)


自分の好きな花の名がついたクラスを割り当てられた長次はほんの少しだけ顔を綻ばせた。その柔らかな笑みを見せれば、園児はおろか奥さまたちも落とせるのではないかと言えるほどなのだが、奇しくも長次が笑みを浮かべた場所は職員用トイレ。誰も見ることなど出来はしない。



ジャバジャバと手を洗いながら、長次はふと自分のクラスの園児たちに想いを馳せていた。しばらくは警戒していた園児たちも長次が無害だと分かってきたのか、じょじょに心を開いてくれている。素直な子供たちは、純粋に可愛いと思う。あの純粋さに触れていると、心が癒されていくようで……。


ホントにここの園長には感謝しなければならない。大川幼稚園を受ける前にすでに数十もの面接に落ちていて途方にくれていた自分を何の気まぐれか採用してくださった。
本採用前の研修で呼び出された長次は、失礼を承知でなぜ自分が採用されたのか聞いてみたのだが、その時園長がポツリとこぼした言葉がずっと忘れられなかった。



「お前さんなら、あの子たちの支えになってくれるじゃろうと思っての。」



それは、男である自分に園児たちを危険から守ってくれと言っているのだろうかとも思ったのだが、そうではなかったらしい。今日半日過ごしてみて分かった。このあさがお組に所属する園児で他の子達とはまるで違う空気を纏った子供たち。周りを拒絶して自分たちとの間に壁を作っているような、暗くて寂しい感じがした。


「…………伊作くん、小平太くん、留三郎くん、文次郎くん、仙蔵くん…………か…。」



その5人は、いつも一緒にいるのだろう。他の園児たちと距離を置いてそのメンバーで遊んだりしているらしい。そのせいか周りの園児たちも自然とあの子たちには近づかなくなったといったところか。



当然のごとく自分にも心を開いてくれない。

長次は一つため息をつくと、おやつの準備をするべくトイレから出ていくのだった。
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