NOVEL

□B
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俺、食満留三郎!


自分で言うのもなんだけど、けっこうモテる。腐れ縁の伊作も俺と同じくらいモテるけど、アイツと俺との違いは女に手を出すか出さないか。あんなにフワフワでプニプニで良い匂いがする女の子たちが、向こうからやって来てくれるってのに何もしないなんておかしな奴だよな!俺なんてこの間、用具倉庫で(自主規制)。


だから、もしかして伊作の奴ホモなのかーーーっ!?って心配してたけど、それは杞憂に終わる。



初めて見たんだ。伊作が、あんな優しい目で女を見つめてるとこ。だから、余計に気になるだろ?その相手の女も何か暗そうだし、前髪長くて顔かくれてるし、たまに見える頬の傷も何だか怖い。ヤバい奴なんじゃねぇの?
伊作はあれでも俺の親友だ。ダチがヤバいやつにハマってやしないか確かめるんだ。そう、これからやることは伊作のためであって、別に面白半分であの子……中在家長子を落とそうとしてるわけじゃない!


















ーーーーーある日の放課後。


「なぁ、ここ座っても良いか?」


「え……………………?」


中在家の目の前のイスを指差しながら、俺はにっこり微笑む。この顔で何人の女を虜にしてきたことか!ちょっと最初っから刺激が強すぎたか?


しかし、ちらりと視線を送った先の中在家は、きょとんとした様子で照れてる感じでもなかった。



「………………?どうぞ…………?」



「あ、さんきゅ!」


(ちっ!不発か…………。なかなか手強いな。)



イスに座りながら、中在家を見つめてみた。これならどうだ?普通なら恥ずかしくて頬を赤らめるとかなるだろ!


しかし、中在家の視線は既に手元の本に向けられており、俺なんかアウト・オブ・眼中。マジか。


何だか叫んでやりたい気もしたが、ここは生憎の図書館。初等部から高等部の生徒たちが集まるにも関わらず、館内はとても静かで落ち着いている。それは、この図書館の規律を護る図書委員のおかげとも言えよう。前にここで口喧嘩になったときマジで死にかけたもん俺。



「その本、面白い?」


注意されない程度の声で話しかけてみた。見た限り、挿し絵も何もない文字だらけの本。こっから見ても漢字だらけで、ちんぷんかんぷんだ。


「………………………………どちらかと言えば、面白い…………。こっちには負けるけど。」


彼女が指差した本を見て、俺は目を剥いた。え、なにその広辞苑並の分厚さ。それ本?本なの?鈍器的な凶器とかではなく?


「あと…………それも、面白かった…………。」



中在家が、俺の手元を指差した。



「え、これ読んだことあんの!?」


一瞬声が裏返った。これは、あまり本を読まない俺でさえ読めてしまう簡単な物語。すごく面白くて世界観が素晴らしい。だけど、マイナーなのか知ってる人が少なくて、この本について語れる相手なんて皆無だった。


「私は、3巻の中盤が好き…………。」


「あ、俺も!あれ凄いよなぁ!あんな発想どっから出てくんだよって関心しちまった!あとさ、5巻の最後らへんもヤバくねぇ?プロローグの伏線がここに繋がってるんだって……。」


「あっ、食満くんだぁ!やぁだーこんなとこで会えるなんてツイてる〜!」



突然話しかけられて会話が途切れた。


やべぇ、俺、何アツく語っちゃってんだよ……、あぶねーあぶねー。ハッと我に返って安堵する。声の方を振り返れば、去年までクラスが一緒だった女の子たちがいた。


「おー、何?俺に会えなくて寂しかった〜?」


空いてる席に座って俺を取り囲む女の子たちに笑いかける。それだけで頬を染める子たちのなんと可愛いことか。


(やっぱこうでなくっちゃなぁ!)


俺ってこんなにモテるんだぜ!?って優越感に浸りつつ前を見ると、既に中在家の姿はそこにはなかった。


「っ!」


信じらんねぇ、いつの間に!?


俺は急いで立ち上がり、周りを見渡した。すると、出口に向かう中在家の背中が目に入る。条件反射のように後を追おうとする俺に、その時女の子の声が届いた。






「食満くん!手帳落としたよ!あれ、写真が…………。」



「っ!触るな!!」



ポケットから落ちた手帳に伸ばされる手を反射的に叩いてしまった。女の子も、怒鳴られて叩かれたことに呆然としてしまっている。


「あ……、悪ぃ。あ、と……俺、急ぐから。ごめんな!」



女の子へのフォローもそこそこに走り出した。あの子には悪いことをしてしまった。だけど…………




「これだけは…………絶対見られるわけにはいかねぇ……っ!」



生徒手帳を握る手に力が篭る。俺の大切な大切な宝物。だけど、こんなもん見られたら、俺の今まで築きあげてきたものが全てパァだ。




「中在家!」



図書館から出た所で中在家に追い付いた。まさか追いかけてくるなんて思ってもみなかったのだろう、中在家が驚いたように振り返る。



「お前なぁー勝手にいなくなんなよな!話してる途中だった…………うぉあっ!!!?」



ズベシャアーーーーッ!



僅かな段差があるのに気づかなかった俺は走ってきた勢いのまま派手にスッ転んだ。手に持っていた鞄も勢いよく投げ飛ばされ、地面に叩きつけられた衝撃でホックが外れ、バサバサーーーーッ!と中の物が散らばった。




「っ!見るなっ…………!」



焦る俺の叫びも虚しく、中在家の足元で散らばったそれは、完全に彼女の目に映ってしまう。もう、おしまいだ…………。


鞄の中に入れてたのは、教科書やノートではない。そんなもん教室に置きっぱだ。だからといって、漫画や雑誌を詰めてきたわけでもなかった。いや、近からず遠からず……かもだけど。




「……………………原稿…………?」




そう、俺が持って来てたのはコミケ用の原稿だった。学校帰りに印刷所に寄るつもりだったから。緑や黄色やピンクの歌姫達がイチャコラしてるいかにもって感じの原稿がパンピー(死語)の目に触れてしまった。もうおしまいだ。薔薇色の学園生活も今日で終わり。明日から俺はキモヲタとして学園中の女の子から避けられるんだ…………っ!



絶望で頭を抱える俺の傍に、中在家が近寄る気配を感じた。


詰るなら、詰れよ……。どうせキモいとか思ってんだろ?オタクがカッコつけてんじゃねぇよって思ってんだろ!?













「………………可愛い絵。自分で、描いたの?」


はい、これで全部。一応確認してね…………?と、差し出された原稿を呆然と見つめた。



「……………………さ、んきゅ…………って、いやいやいや!何で、そんなに普通なんだよ!?キモいとか思わねぇの!?」



脳裏に、数年前の記憶が甦る。その頃から、俺はボ●ロのキャラにハマってイラストなんかを描いてた。そんなある日、運悪くノートを落としてしまい、それが教室で晒されてしまった。ネタ帳として使ってた落書きノートだったから、名前を書いてなかったのが幸いと言うべきか……。


結局それは、クラスで一番暗かったオタクの物だって皆が決めつけて、さんざん詰ってた。キモいとか変態とか最低だとか。当時気になってた女の子がそいつに向けた冷たい視線と嘲笑は未だに忘れられない。本来ならば、その全ては俺に向けられるモノだった。


だから、今まで隠し続けてきたんだ。傷つきたくなかったから……!これは、他の人には見られちゃいけない物なんだって痛感したから!





「………………こんなん描いてるオタクなんて……キモいだろ……?そう、思ってんだろ……?」




ああ、原稿なんか持ってくるんじゃなかった…………。やべ、何か、目頭が熱い…………。



















「…………………………思わないよ。」





「………………………………へ?」




俺は、間抜けな返事をしながら中在家を見上げた。







「…………そんなこと、思ってない。…………だって、好きなものは、人それぞれだもの。」



「………………こんな、原稿見ても……?」



「…………私は、その絵可愛いと思う。………………すごく、丁寧で、好きなんだって…………伝わってくるから……。」



そっと差し出された手を掴み、やっと立ち上がった俺に、原稿が手渡された。



「………………悪い。俺、カッコ悪ぃよな……。」



何だか、気恥ずかしくてポリポリと頬を掻く。俺らしくねぇよな、こんな凹んでるなんてさ。それに…………。




「………………カッコ悪くない。…………好きなものは好きって、言って良いと思う。…………その方が、もっと、カッコいい…………。」



ああ、何なんだ……。中在家が話す度に胸に灯るこの熱は。俺、もしかして…………。




「お前………………変なやつだな。」



また、あの本の話、聞いてくれるか…………?



俺の好きなものを、もっと中在家に聞いて欲しいと…………心から、そう思った。









「もちろん。」




春一番の風に乗って届いた優しい声と、フワリと舞い上がった髪の間から見えた柔らかな笑み。初めてまともに見たその素顔は、不気味どころかとても可愛くて。




俺が、初めて本気の恋に落ちた瞬間だった。







長子ーーーー!と、遠くで彼女を呼ぶ声が聞こえる。男の声なのが気になるが…………。


中在家も呼ばれてるのに気がついたみたいで今度こそ俺に背を向ける。



「じゃあ、さようなら……。」



軽く手を振り去っていく中在家を、俺はいつまでも見送っていたーーーー。
















「………………おい、留三郎。」



「っ!?うぉわっ!何だよ!余韻に浸らせろよ!このKY!!」



初めての恋心を噛み締めていたところに、あまり会いたくない声を聞いてしまった。



潮江文次郎。成績優秀なAクラスで、風紀委員も勤めるギンギンに学生してる男。そして、俺の天敵ーーーー。





「貴様!進学して間もないというのに何だその乱れた服装は!ネクタイを緩めるな。ボタンはきちんと上まで留めろ!」


「うっせーなぁ!てめぇは俺のかーちゃんか!!」



ホントにうるせー奴だぜ!こんなんだから女にモテないんだよ。



ギャーギャー言い合いながら寮へと向かう。














この時の俺はまだ知らない。犬猿の仲のこの男が、のちに恋敵になることを………………。











ーendー




第3話の留三郎編でした。


設定的には、留三郎は顔は良いので女にモテるが、実は隠れオタク。イベントにもサークル参加してる。絵が上手い。特にロリショタを描かせると右に出るものはいない。

ちなみに、食満の手帳に挟んであった写真はみくコスしたレイヤーさんと撮ったツーショット写真だったりします。のちに、その写真の代わりに隠し撮りした長子の写真が挟められることになる……かもしれない。


次回は文次郎編です!お楽しみに(^^)





 

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