NOVEL
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「長子〜っ!学校行こーーーー!!」
騒音一歩手前の大声が辺りに響いた。
声の主は七松小平太。今日から高校生になる。
ちなみに小平太に呼ばれた「長子」とは、同い年の幼馴染みの名前だ。彼女も今日から小平太と同じ学校へ通うことになっていた。
しかし、小平太の呼び掛けに応える声は無い。小平太は一つため息をつくと合鍵を取りだし、長子の家へと入った。
長子と小平太の家は隣同士だ。親同士も仲が良かったため兄弟みたいに育ってきた。長子も小平太も両親が共働きで、長子の両親に至っては海外出張で家を空けることが多い。そのため、娘を心配した両親が小平太に合鍵を渡したのだ。ちなみに長子も小平太の家の合鍵を持ってはいるが、甘え知らずな長子がソレを使うことは一度もない。だから、両親がいない日は小平太が長子の家に行くことがほとんどだった。
「長子ー?入るぞ………………って、なんだ。ちゃんと準備終わってるじゃないか。」
長子の部屋に入ると、当人は鏡を見つめながらぼんやりとしていた。
「長子?早く行かないと、入学式間に合わないぞ?」
「………………………………。」
急かしても無反応な長子に小平太はそっと近づく。真後ろに小平太の気配を感じ、ようやく長子が口を開いた。
「……………………学校、行きたくない。」
「長子………………。」
小平太は悲しそうに長子を見つめた。
「………………また、同じことが、起こったら…………。そう思うと、怖いの…………。」
長子の肩が小さく震えている。
長子をここまで苦しめる理由。それは、"いじめ"だった。
長子は、大人しくて無口で無表情で、クラスから浮いていた。そのせいで、ターゲットにされたのかもしれない。小平太は、早くに気づいてやれなかった自分を情けなく思った。クラスが違ったからとか、そんなの理由にならない。長子が一緒に帰らなくなったこととか、たまに見る表情がぎこちなかったりとか、気づくチャンスはいくらだってあったんだ。
そして、小平太がようやく気づいたときには取り返しのつかない事になった後だった。
その日、小平太は長子が救急車で運ばれたと聞いて、慌てて病院に向かった。朝、学校で見かけた時は体調良さそうだったのに…………。そう思いながら病室に駆け込んだ小平太は驚愕した。
長子は病気なんかじゃなかった。布団からはみ出した腕には青あざができ、両頬に大きなガーゼが貼ってある。
「小平太…………どうして…………?」
ここにいるのか、と聞こうとしてた長子の言葉を遮って、長子に詰め寄った。
「長子……っ!!どうしたんだよそれ!!?………………まさか。」
「………………………………階段で、転んだの。………………骨には異常はなかったし、頭も打ってないから…………。」
「そんなんじゃ、ないんだろ!?ホントのこと、言ってよ!!」
長子の肩を掴む小平太は必死だった。何で、長子がそんなに落ち着けるのか分からない。だって、長子だって医者から聞いたはずだ。長子のキズは…………
「長子の、ほっぺたに、一生消えない傷ができたんだぞ!?なんで、そんなに、冷静なんだよ!!」
医者が言っていた。長子の両頬の傷は意外に深くて、完全には消えないと。長子は、女の子なんだぞ!?
「………………………………私は、大丈夫。…………だから、小平太も学校に戻って。まだ、授業中でしょう?」
「そんなのできな……っ!」
「いいから、出てって!!もう、放っておいてよ!!」
あの長子が声を張り上げて叫んだ。でも、それより小平太を驚かせたのは、その頬を濡らす涙だった。
小平太は何も言えなくなり、病院を後にした。