1章「そして彼女は目を覚ます」
□8話
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『迷子になったら、その場を動かないようにするんだよ。絶対に探しに行くから』
前に、アンジュから言われた言葉を思い出す。
だが、立ち止まっていても暇なだけだ。
(とりあえず、道に戻れないかなぁ…)
この場は大樹の葉が空を覆い隠しているため、太陽の光が届かずとても暗い。地面に草はほとんど生えていないが、あちこちで大樹の根が地上に飛び出しているためすごく歩きづらい。探しに来る方も大変だろう。
整備された道にさえ出れば、自力でなんとかなるのではないだろうか。
そう思ったアデルは、自分の足跡を目印に来た道を戻ることにした。
『二度と会えなくなる可能性だってあります』
はぐれる前に、ミントに言われた言葉を思い出す。
(「皆に会えなくなるのは、嫌だ」)
心の中がざわざわして、落ち着かない。
会いたい。ヴェイグに、ミントに、シングに、皆に会いたい。
その強い心の叫びが、アデルの足を動かし集中力を高めた。
ものすごい速さで走りながらも、アデルは周囲から仲間の呼ぶ声が聞こえないか耳をすませる。
風の音、魔物の気配、鳥の声、そして、
人の声。
「…誰か、いる!」
アデルは、かすかな人の気配を頼りに走るスピードをさらに速めた。
近づけば近づくだけ、音がはっきりと聞こえだす。
誰かの、苦しそうな声と息遣いが聞こえる。
草を踏み、枝を折りながら急いで走る足音が聞こえる。
先頭を走る人間が一人。その後ろからウルフが二匹と、人間がもう一人。
(…追われている?)
走り方を聞いていると、仲間の足音とは少し違う気がする。
だが、ウルフに追われているということはその人が危険にさらされているということだ。
(助けないとっ)
走って、走って、走って、走って
根っこを乗り越え、茂みを飛び越え、ただひたすら一直線に走って、
アデルはようやく日の光があたる、整備された道の上に降りたった。
「きゃあっ」
「ひょわぁっ」
同時に、先ほどまでの足音の主とぶつかりそうになる。
「ごめんなさい!大丈夫?」
「い、いえこちら、こそ…はぁ、はぁ…すみま、せん」
足跡の主は、綺麗な洋服をきたかわいい少女だった。ピンクの髪で、背はアデルよりも高い。
息を切らしながら、苦しそうに右腕を押さえている。
「怪我、してるの?」
少女の右腕からは、血が流れている。
「グルルル…」
「ヴーッ…」
すぐそばから、2匹のウルフが飛び出してきた。だが、すぐに襲いかかってくる様子はない。
そのウルフのうなり声に、違和感を感じた。
(…なんか、いつものウルフと違う?)
いつもの荒々しく、雄々しい声ではない。
それに目も、どこか焦点が合ってない気がする。
この2匹は、本当にウルフなんだろうか。
アデルが疑問を感じたその時、隣にいた少女が「…サレ」と呟いた。
「残念だったね。この道はハズレなんだよ。ハ・ズ・レ」
ウルフの後ろから、別の人間が現れた。
紫色の髪で、紫色の服を着て、心底楽しそうに笑っている男がそこにいた。