1章「そして彼女は目を覚ます」

□8話
2ページ/3ページ


「いったぁ…」

ジンジンと痛む両手を見ながら、アデルは(またアニーに怒られちゃうかな…)と一人冷や汗を流していた。

ヴェイグの指示により、全員が逃げる体制に入った時、アデルはその場に残ることを心に決めた。

魔法は、剣と違って全体攻撃ができる。その分、魔物の注意を引きやすい。

仲間が逃げている間に攻撃されてしまっては、仲間も荷物も危険だ。誰かが一人残って、ある程度注意をひきつけた方がいいに決まっている。
そして、運がいいことにアデルの背中にある荷物には、布や毛糸しか入っていない。多少攻撃されても平気なはずだ。

そう思ったアデルはその場に残り、逃げる仲間の元へ向かうチュンチュンの群れ目がけてファイアボールを連発した。一回の詠唱で3発の火の玉を放つことができる派手さも加わり、ほとんどのチュンチュンがアデルに標的を変えて襲いかかってきた。

(みんな、逃げれたかな)

魔法で応戦しながら、横目で仲間が枝から降りたことを確認する。
そして、自分も逃げようと走り出した時、

「きゃっ」

勢いよくチュンチュンに突撃され、体が宙に浮いた。

(落ちるっ!)

とっさに、枝から伸びているツタに捕まった。そのまま一気に地面に降りていく。今日は手袋をしていないため摩擦で手が傷ついたが、かまっている余裕はない。

自分を追いかけてチュンチュンが頭上から降ってくる。今日来ている修行僧の袈裟に、詠唱を短縮させる効果が付属していて良かったと心から思った。

「イラプション!!」

今、自分が覚えている中で一番強い魔法を発動させる。地中に存在する溶岩流を無理やり地上に発現させるため、地面に足が付くまで使用できなかった魔法だ。
これで少なくとも、5匹のチュンチュンは焼け死んだ。その3倍のチュンチュンに火傷を負わせた。

その後もしぶとくチュンチュンは襲いかかってきたが、アデルの荷物の中に目当ての食糧がないことに気がついたらしい。
一匹のチュンチュンが「ピィっ」と叫ぶと、群れは一気にその場を去って行った。

(皆、大丈夫かな…)

仲間のことが心配だったが、とりあえず空になってしまった自分のTPを回復させるためにオレンジグミを口に入れる。
魔物が去って呼吸が落ち着くと、先ほどまでは気にならなかった手のひらの傷がジンジンと痛みだした。

だが、杖が持てないほどではない。アデルはワンドを持ちなおすと、先ほどのチュンチュンの群れが消えた方向に向かって走り出した。

きっと、あの群れは種を背負っているヴェイグの方へ向かったはずだ。なら、その後に付いていけばきっと仲間たちと合流できる。











…と、思っていたのだが。

「ここ…どこ?」

コンフェイト大森林は広い。一本違う道を通っただけでまったく違う場所にたどり着いてしまう。

アデルは、見事に迷っていた。

「…たぶん、こっちだと思ったんだけどなぁ」

『地面を歩く動物なら足跡で足取りを終えるんだけどな。空飛ぶ鳥は足跡を残さないから、代わりに食べカスとか糞を目印に追いかけるんだ』

以前、食糧調達のための狩りについて行った時、そうリッドがそう教えてくれた。

チュンチュンも鳥のようなものだろう、と羽ばたき音や鳴き声、そして糞を目印に追いかけてきたのだが…この森には自分たちを襲ってきたチュンチュン以外にもたくさんチュンチュンがいることを、彼女は忘れていた。


「うーん…これが、“迷った”っていうやつ?」

一度立ち止まって、周囲を見渡して

ここがどこかも、どうすれば皆の元へ戻れるのかも分からなくなっていることに、アデルはようやく気がついた。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ