1章「そして彼女は目を覚ます」
□7話
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「だから、ハロルドの頼みごとは簡単に聞いちゃいけないんだって」
カノンノの予想通り、アデルは次の日ハロルドに研究室へ呼び出され、「頭を開かせろ」と言われていた。
しかし、カノンノが苦労して説明したかいがあってアデルはきっぱりとそれを断ることに成功する。
「…ちっ、先手を打たれたわね。まぁいいわ。あんたの頭を開かなくてもなにか方法はあるでしょうよ」
ハロルドの方もその願いは半分冗談だったため、あっさりと引き下がる。
「それにしても、おもしろいわねぇ…ただの人間にこれが見えるだなんて」
「他の人に見えないものが見えるのは、私だけじゃないよ。カノンノもだよ?」
「あら、そう。まぁだとしても不思議じゃないわ。世の中には、まだ解明されていない才能だとか能力だとかが山ほどあるのよ。それを一つ一つ、解明していくのが私達科学者の生きがいってわけ。」
ハロルドは昨日アデルからもらった絵を眺めながら、上機嫌に鼻歌を歌う。
このギルドにはハロルドが研究対象にしたい人間が大勢いるのだが、元々彼女はその対象に入ってはいなかった。記憶喪失になった者など、この世には五万と存在する。たいして珍しくともなんともない、とハロルドは彼女に興味を抱かなかった。
だが、昨日たまたまこの絵を描いている彼女を見つけ、一瞬背筋が凍りつくような寒気を感じた。
あの感覚は久しぶりだ。これで、テンションが上がらない方がおかしい。
「それで、この輪っかはあんたにはいつも見えてんの?」
「ううん、いつもは見えない。でも、見ようって頑張れば見れるよ」
「じゃあ、今頑張ってみて」
「だけどカノンノが…」
「だーいじょうぶよ!別にその輪っかを見ようとして、あんたに危険があるわけじゃないんでしょ?」
「うん」
「だったらいいじゃない」
「それもそうだね」
アデルはあっさりと頷くと、目を閉じる。
(素直な子っていうのは扱いやすいわ〜)
後ろの方からウィルの強烈な非難の視線を感じるが、そんなものを気にするハロルドではない。
「見えたよ」
開かれた彼女の目は、金色に輝いていた。
「ふんふん。それで、あたしの周りにも輪っかは見えるのかしら?」
「うん、みんなに見えるよ。だけど、生きてるのと生きてないのは輪っかの色が違う。人や動物、それに植物の輪っかは似てるけど、魔物は全然違う。」
「なぁるほどねぇ〜。あんた、この輪っかの絵だけどさ。輪っかの部分だけもっと詳しくかける?」
「できるけど、見るの疲れるから時間かかるよ。ねぇ、ハロルド。わたしもう行ってもいい?あとちょっとで依頼の時間だから」
「あ、そう。いいわよ。ねぇ、他にもこんな絵を描いてるの?」
「たくさん描いたよ。じゃあ、依頼が終わったら持ってくるね」
「頼んだわよ」
「うん、約束!じゃあね、ハロルド、ウィル!」
笑顔で手を振って研究室を去るアデルを見送った後、ウィルはようやく口を開いた。
「げほっ、げほっごほっ!お前は!俺を!殺す気か!!」
訂正。ハロルドの薬によって声が出ず、力も入らなかったウィルの体が元通りになった。
「うーん、ナイスタイミング。さっすが私♪」
「いきなり何をされたのかと思ったらっ…お前と二人で研究室に居るのはもうこりごりだ!」
「いいわよぉ、いつでも出て行ってくれて」
「お前が出ていけ!この部屋は元々俺の部屋だ!」
「ところで、あの子おもしろいわねぇ〜。あんた知ってたの?あの子の力」
「話を変えるんじゃない!!」
「まぁまぁ。で、どうなの?知ってたの?」
まったく人の話を聞く気がないハロルドに対して、ウィルは大きなため息をついた。
「わざわざ俺の体を動けなくさせてまで調べたかったことは、アデルのことだったのか」
「そーよぉ。あの子の頭を開こうとしたら、絶対あんた邪魔してくるでしょ?」
「当然だっ!!というか、本気だったのかアレは!」
「半分は本気、半分は冗談ってとこね。ま、そこはおいといて。それより、あんたはあの子の目のこと知ってたわけ?」
「…アデルが初めて見た花だとか、食べ物だとか、武器だとかを見たときに目が光っているところは何度か見たことがある。どうやら、強烈な興味をもった対照を見ると無意識にそうなるらしいな」
「ふーん。それで?」
「それだけだ。そもそも、俺はあいつの目が光ることは知っていたが、何を見ているのかは知らなかった」
目が光るのだって、少し珍しい奴だと思う程度のことだった。
だいたいこのギルドには、戦闘時になると目の色と性格が豹変する奴だとか、獣に変身する奴だとか、海水に触れると体調が悪くなる奴だとか、妙な体質を持っている人間が多すぎる。
だからこそ、相手の素性を深く掘り下げない。どんな力を持っていようと、個性の一つとして受け入れる。
それが、このギルドの暗黙の掟でもあった。
「だから、あまり干渉しないでやってほしいんだがな。あいつが見えているモノに、何か問題があるのか?」
ウィルの諌めるような目と言葉を、ハロルドは鼻であしらった。
「大ありよ。というか、世界をひっくり返しかねないほどの大発見ね」
「なっ…!?つ、つまりどういう意味だ?」
「ま、あたしも詳しく知ってるわけじゃないんだけど。専門外だから。」
ハロルドはそう言って、にんまりと笑った。
「リタ・モルディオ博士があの子に会ったら、狂喜して喜ぶんじゃない?」