1章「そして彼女は目を覚ます」
□6話
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「はい、どうぞ」
「わぁ、すっごくいいにおい!」
「ホットチョコレートよ。きっとアデルが好きだろうなって思ってさっき作ってたの」
「ありがとう、クレア!いただきます」
まだ湯気のでるホットチョコレートに息を吹きかけて冷ましてから、アデルはマグカップに口をつけた。
ごくり、と彼女ののどが鳴る。そして、
「〜〜〜〜っ!」
彼女のそれはそれは幸せそうな顔が、声にならない言葉を全てあらわしていた。
「ふふっ、おいしい?」
「おいしいっ!すごくおいしいっ!この一杯のために生きているってかんじ!」
「まぁ。」
彼女の顔とその表現があまりにもかわいくて、クレアは声をあげて笑った。
(…こんなに笑ったの、久しぶり)
クレアの故郷、ヘーゼル村はウリズン帝国の支配下にある。
星晶を採掘するために、村の働き手である男達は皆採掘場に連れて行かれた。採掘の報酬はほとんど支払われず、まるで奴隷のような扱いを受けている。
残された女子どもだけでは、生活に必要なものを作ることで精一杯だ。だというのに、星晶採掘を続ける男たちの分だけでなく、それを監視しているだけのウリズン帝国の兵士達の食糧まで用意しろと言われる。
そして用意ができなかったら、体で払えと言われ、クレアはウリズン帝国の騎士に捕まった。
そこを、幼馴染のヴェイグに救われた。
ヴェイグは帝国の騎士に勝った。しかし、そのことで恨みを買った。ヴェイグは戦いでひどい傷を負っていたため、仲間達は危険を承知でヴェイグとクレアを村の外へ逃がし、ヴェイグの傷の治療と道中のサポートのためにアニーも一緒に付いてきてくれた。
そして、3人は風の噂で聞いていただけの「国境を越えるギルド」アドリビトムへとたどり着き、そこで働かせてもらうことになったのである。
「おかげで、必要な物資を集めて村へ運べるようになったの。アンジュさんやギルドの皆には、本当にいくら感謝しても足りないわ。
だけど、村に居る人たちが大変なことには変わりない。…いいえ、私達が村を逃げ出したせいで、余計にひどくなっているかもしれない」
村の人々は今どうしているだろうか、そのことを考えない日は一日もない。いくら心配をしても状況が改善するわけではない。それでも、戦えない自分は祈ることしかできない。
いつの間にか、笑うことも減ってきた。
…アデルが、来るまでは。
「こんなに恵まれた環境にいるのにね。村のことが心配で心配で、気持ちは落ち込むばかりだったわ。…だけど、あなたを見てると、それじゃいけないなって思うようになったの」
失敗してもくじけない意思。
小さなことで喜ぶ心。
仲間の力を信じて、疑うことのない信頼。
私は、いつの間にかその心を忘れていたのかもしれない。
「信じること。ヴェイグも、アニーも、ギルドの皆がヘーゼル村のためにたくさんのことをしてくれている。そんな皆のサポートをしながら、いつか村が元通りになる日がくることを信じることが大切だったんだなって。アデルに教えられたのよ」
クレアは、話を聞き続けるうちにうつむいてしまったアデルの頭をなでながら、安心させるように笑いかける。
「ちがうよ」
アデルは首を振り、顔をあげてクレアを見つめた。
彼女の頬には、涙が流れていた。
「クレアは、心配したっていい。だって、大切な人が苦しい思いしてたら、悲しいもの。わたしは、クレアが悲しいの我慢して、苦しい思いしてたのが悲しいっ…かなしくてっ、がまんなんて、できないっ!」
だから、悲しいのに笑わないで。
我慢なんてしないで。
アデルはとぎれとぎれにそうクレアに伝えた後、声をあげて泣き出した。
「アデル…ごめんなさい」
今度は、クレアの方からアデルを抱きしめた。
ウリズン帝国に村が占領された時も、父親が採掘場に連れて行かれた時も、帝国の騎士に捕まった時も、村を出ることになった時も、
一度も出なかった涙が、久しぶりにクレアの頬を濡らした。