1章「そして彼女は目を覚ます」
□6話
2ページ/3ページ
バター入りのシチューは味が濃厚になって評判がよく、夕食の時間は和やかに過ぎ去った。
「ありがとう、アデル。皿洗いまで手伝ってくれて」
「どういたしまして。クレアも、今日はガトーショコラの作り方、教えてくれてありがとう。これ、あげるね!」
アデルはそう言うと、今日二人で一切れずつラッピングしたガトーショコラを三袋クレアに渡してきた。
「まぁ、こんなにいいの?」
「うんっ!また今度、教えてもらいにきてもいい?」
「もちろんよ。今度は、ピーチパイにも挑戦してみましょうか」
「ほんとっ!?あんなにおいしいものをっ!??やったぁ、クレア大好き!!」
胸に飛びついてきたアデルを、クレアは頬笑みながら優しく抱き返す。
(「クレアお姉ちゃん、遊んで!!」)
(「あ、ずるい!お姉ちゃんは私と遊ぶんだからっ」)
ヘーゼル村に居たころも、よくこうやって子どもたちに飛びつかれていたなと思いだす。
最も、その子たちは彼女よりもずっと小さかったのだが。
その子どもたちは、今はどうしているだろうか。
ウリズン帝国の騎士、サレの手からヴェイグによって助け出され、アニーと3人でヘーゼル村を逃げ出してから、かなりの時がたつ。
「クレア、大丈夫?私が抱きついたの、嫌だった?」
声にはっとしてアデルの方をみるとアデルが心配そうな顔でクレアを覗き込んでいる。
「いいえ、そうじゃないわ。…ヘーゼル村にいたころも、よくこうして子どもたちに抱きつかれてたなぁって思い出して、懐かしくなったの」
「ナツカシイ…なつかしい、それは、かなしい気持ち?」
「うーん、何て言えばいいかしら。楽しくなったり、悲しくなったり。思い出した記憶によって気持ちは変わるわ」
「じゃあ、今は悲しいキオクを思い出したの?」
「え?」
「クレア、すっごく悲しそうな目してる。」
アデルに言われて、クレアに少し迷いが生じた。
悲しいわけじゃないのよ、とごまかすことは簡単だ。優しいこの子に、余計な心配をかけさせたくない。
彼女は人が嘘をつくことを知らない。
だけど、
「…座って、話をしましょうか」
私の全てを信じてくれている彼女の信頼を、私が裏切ってはいけない。