1章「そして彼女は目を覚ます」
□5話
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「まったく、こりゃ本人だけの問題じゃないね…」
シャーリィと魔法の勉強してくる、といって医務室をアデルが去っていってから、ぽつりとナナリーがこぼした。
「あのこは痛みを感じないのかい?…あの手、初めて見たけど…正直ぞっとしたよ。クレスの奴は何を考えてるんだ」
手のひら中にできた血豆がつぶれて、血まみれになっていた彼女の手。血を洗いながした後に見えた、紫色に変色した皮膚。治癒術で傷は治したが、何度も何度も同じことを繰り返してきた彼女の手にはもう、初めて握手をした時の柔らかさはない。
「気がつかないって言った方が正しいですかね。強くなることに、夢中になりすぎて」
体が限界だと悲鳴を上げても、それに気がつかない。気づいても気にしない。だから、傷をつける。
「前に、クレスさんに言いに行ったことがあるんです。アデルは女の子なんですから、もっと体のことを考えてあげてくれって」
「おお!良く言ったじゃないか。…そしたら、なんだって?」
「『剣を極めようとする者に、男も女も関係ない。彼女の強くなりたいと思う心を、僕は邪魔すべきではないと思う。だから、手加減するつもりは毛頭ないよ』
…だ、そうです」
「あー、あんの馬鹿!脳みそに筋肉しか詰まってないんじゃないのかい!?言いたいことはそこじゃないんだよ!」
「アデルの場合、師匠がそんな人ですし…本人も、それを望んでいるわけですから。傷がつかなくなるようになるまで、体を鍛えるっていうのが理想なんだっていうのはわかってます。」
だけど、それは戦う者にとっての理想。
彼らにとっては、私のような治す者の思いなど、理解できないのだろう。
「けど、傷つく姿を見るのは悲しい。…だろ?」
ナナリーが、アニーの頭に両手をおいてぐしゃぐしゃっとなではじめた。
「ちょ、ちょっとナナリーさん!」
「まったく!アニー、あんたがそれを伝えりゃいいんだよ!アデルに!」
「え?え?え?」
「毎日毎日、大切な人が傷つけてやってきたらそりゃ悲しくなるさ!だから言えばいいんだよ。“あなたが傷ついたら私が悲しい”ってな!」
「え…えっと、」
「当然だ!あいつら男は、いつだって治す者とか、待ってる者のことなんて考えやしないんだ!こっちがどんだけ心配してるのかなんてお構いなしさ!守るためだとか、そんな正義面して危険に飛び込んで行って、結果ボロボロになって帰ってこられたって嬉しいはずがないだろうが!」
「あ、あの…ナナリーさん、落ち着いてください!というか、アデルは女の子ですよ?」
アニーが焦ってナナリーの肩を揺さぶるとナナリーははっとした表情に変わってため息をついた。
「悪い…ちょっと取り乱しちゃったな」
「いいえ。それに、なんか嬉しかったです」
照れた表情のまま首をかしげるナナリーに、アニーは笑いかける。
「私の気持ち、分かってくれる人がいて。あと…ナナリーさんには待っている男の人がいるんだなってことが知れて」
「なっちょ、ちょっとアニー!そんなんじゃないって!」
「村の人ですか?どんな人です?」
「だぁーかぁーらぁ!違うっていってるだろ!!そ、そういうアニーはどうなんだい、アニーの話を聞かないと教えてやれないねっ」
「え、えええっ!?私ですか?」
思わぬ反論にアニーまでが顔が赤くなり、
「お、その反応。さてはアニーも…」
「ち、違いますよ!いませんってばそんな人!」
「いーや、その顔は絶対いるね!」
数十分後には、恋バナが白熱しすぎてきたため、医務室に「しばらく立ち入り禁止。急用の方のみどうぞ」という札が貼られることとなる。