1章「そして彼女は目を覚ます」

□4話
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そんな事を考えながらマフィンを一口かじるたびに幸せそうに笑う彼女をぼーっと見ていたら、近くにいたリッドが不思議そうな顔で声をかけてきた。

「なんだ、じっと見てるってことは結局お前もマフィン食べたかったんじゃねぇか?」
「お前と一緒にするな。」
「なんだよそれ。つーか、食べる以外の目的で何しに食堂に来るんだ?」

だから食い意地しかないお前と一緒にするなと言いたかったが、そこは我慢して要点だけを伝える。

「新入りが来たってアンジュから聞いたからな。挨拶だ」

「へぇ〜、いっつも妹以外に対しては無関心なあんたが、めずらしいじゃない。明日は嵐かしら?」

イリアが怪しい笑みを浮かべながら話しに割り込んでくる。
まさに悪役がふさわしい笑顔だ。
人をいじるのが生きがいなのは知っているが、こんな顔をしていては嫁の貰い手がつかなくなるのでは?と少し心配になったので忠告しといてやる。

「…その顔をやめろ。女どころか、人間にも見えなくなる」

「なんですってぇ!?」

イリアが怒りで顔を赤くし、片足を机に、もう片方を椅子に乗せて立ち上がり、銃を抜く。

「イリア!机の上に足を乗っけないの!!」

ファラがイリアを叱るが、もちろん彼女が簡単に引き下がるわけがない。

「イリアがおこってる!なにか、きけん?」

さらにその殺気に反応したアデルが同じポーズをとったため、周囲はより一層騒がしくなった。

「違うのアデル!その、危険じゃないの!ええっと…喧嘩よ!そう、ただの喧嘩!」
「けんかってなぁに?」
「え…えっと…」
「ちょっとイリア!アデルが混乱しちゃったじゃない!仲間同士の喧嘩はやめてよね!!」
「はっ、1時間に一回はカイウスと痴話喧嘩を繰り広げてるあんたには言われたくないわね!」
「ち、痴話げんかじゃないもん!だいたいカイウスが…」
「俺のせいかよ!お前がそーやってなんでもかんでも人のせいにするから…!」
「だって本当のことじゃない!」
「ふ、二人ともそのへんにしとこうよ…」
「ほぉーら、みなさい。もう始まったじゃない。だいたいねぇ…」

「机に、足を、乗せるなぁぁ!!」

ゴン!ゴン!!
「いったぁぁぁーい!!」
「みょごぉっ!!」

机を踏み台にして立ったままだったイリアとアデルに対して、容赦のない拳骨が振り下ろされた。

「…なんだ、あんたも来たのか」
こんなことをする人物は、一人しかいない。

「まったく…嫁入り前の娘が、恥ずかしいとは思わんのか!!」

ウィル・レイナード28歳。セネルとシャーリィの同郷で、親のいない二人の身元引受人でもある人物である。

「いったいわねぇ…その嫁入り前の娘に傷でもついたらどうしてくれんのよっ」
騒ぎの元であるイリアは拳骨をしてきた人物をにらみつけているが、騒げばもう一度拳骨が降ってくることを経験上理解しているため、ぶつぶつ文句を言うだけに収まっている。

「すみません、ウィルさん。マフィンが今さっきちょうど売り切れてしまって…あと少しで焼きあがるので、お待ちいただけますか?」
クレアが立ち上がってウィルにわびるが、(と、いうか彼女が詫びる理由はどこにもない。全てはこの大食漢共がいけないのだ)彼もまた「いや、別に空腹だから来たわけではない」と首をふる。

「俺は、ギルドの新しいメンバーに会いにきたのだが…」

「そいつなら、そこだ」

セネルが指差した先では、先ほどの拳骨で頭を抱えているアデルが両脇に座るカノンノとシャーリィにフォローされていた。

「い…いま、めのまえがぴかぁってなった…!あのひと、きけんだよ!!すっごくつよい!」
「え、えっと違うの!ほら、さっきアデルが机の上に足を乗っけてたでしょう?それに、ウィルさんが怒っちゃったの」
「ご、ごめんなさい…ウィルさんは、悪い人じゃないんです。ただその、もともと保安官だから悪いことした人に対して厳しくて…」

「…彼女が、痛がっているのは…」
「さっきあんたが殴ったからだな」
保安官時代のなごりなのかなんなのか、この男は口と同時に手を出す癖がある。
おそらく、顔もよく見ずに「行儀が悪い者」に正義の鉄槌を振り下ろしたのだろう。

「…あー…ごほんっ…君がアデルか?」
「そうだよ?あなた、だれ?いまのなに?すごくつよかった!」

半分涙目になっている彼女をみて、さらに彼女が事態をまったく理解していないことに対して、さすがのウィルも反応に困ったようだ。

片手で頭をかきながら、とりあえず「すまない…初対面だというのに思いっきり殴ってしまったな」と彼が珍しくわびるところから自己紹介が始まった。

「俺はウィル・レイナード。博物学者だが、一時期保安官を勤めていたこともある。その頃のなごりでな、行儀が悪い奴をみるととっちめなければいけないという使命感にかりたてられるんだ」
「きけんなひとじゃないの?」
「断じて違う。」
「ぎょーぎってなに?」
「人として、守らなければいけない決まりだ。机の上は食事を食べるところだから、綺麗にしなければいけないという決まりがある。君はその机の上に足を乗せた。足には外の泥や、埃がたくさんついている。そんな足を机の上に乗せてしまったらどうなる?汚くなるだろう。机の上を綺麗にする、という決まりを君が破ってしまったことになる。だから、なぐった。わかったか?」
「…わたしが、わるいことした。だからなぐられた?」
「その通りだ!!理解が早くて大変よろしい」
「ほめられたっ」

(いやいやいやいや。そこでほめられたって喜ぶところか?)

というか、あの長ったらしいウィルの話を彼女がきちんと聞いていたことにセネルは驚いた。思っていたよりも真面目な奴なのかもしれない。

「ところで、君は1時間ほど前に、世界樹が光ったのを知っているか?」
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